Re: 朝鮮の消防
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/03/05 01:05 投稿番号: [1111 / 1329]
>>>然るに此の時代捕盗庁に捕盗軍官(刑事巡査)と云うものがあって、火災場に臨み良民を放火嫌疑者として逮捕し、賄賂の多寡に依って放免を与うる慣習があったので、折角消防して居る人民も捕盗軍官の影を見ると火事場を捨てて逃げて仕舞ったと云う事である。
>>別の意味で「火事場泥棒」ですなぁ。
>丁度良いです。
「火付盗賊改(火盗改)」でも派遣しますか。長谷川平蔵とか・・・
この記事を知らない時に、ウリは「チャングムの戦い」で「消防隊が実は放火窃盗犯」ってネタをやってしまいましたしねぇ(苦笑)
それはともかく、併合初期の統計資料を見る限り、思ったよりも放火犯罪は多くはないんですよねぇ。記録を読む前から期待しすぎたのかもしれませんがw
朝鮮総督府編集発行の朝鮮彙報から、明治44(1911)年から大正3(1914)年の刑事事件有罪判決の統計を見ると、「放火の罪」が4年で総計287件なのに対して、「賭博、富籤の罪」は8,378件(29.2倍)、「竊盗の罪」は22,287件(77.6倍)、「詐欺、恐喝の罪」は7,552件(26.3倍)となっています。
このうち、「賭博、富籤の罪」には、李氏朝鮮及び大韓帝国から継承した「笞刑」が適用されるわけです。
以前も述べたと思いますが、総督府は旧来の慣習である笞刑を尊重しつつも近代法の枠組みに近づけようとして、執行規定などいろいろな面で改正して受け継いだわけですが、その辺の事情も知らず「日帝は我が民族を恣に鞭打ったニダ」なんてぬかすバカ、具体的には朴慶植がいまして、それを額面どおり受け継ぐバカを再生産しているという笑える事態もあったりします。
これは メッセージ 1110 (samurai_06_japan さん)への返信です.
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