李朝朝鮮

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 1300年前の巨大仏像がほぼ無傷で発掘

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/09/19 23:41 投稿番号: [1006 / 1329]
>これは酷い・・・orz

でしょう〜。

これを見たのは高校生の修学旅行でしたが、

( ̄□ ̄||| おーこの光景は・・・日本ではアリエナス・・・と時思いました。

>>朝鮮王朝時代の廃仏政策で打ち壊されてしまったとのこと。

>これガイドさんがそう仰ってました?

たぶん・・・(ノ▽≦)友達と騒ぐのが楽しかったから〜全部は思い出せませんが、排仏のために・・・というのは聞きました。
でもこの光景は異様だったので、よく覚えています。
ネットで「国立慶州博物館   首   仏像」ろ検索すれば、
http://www.iokikai.or.jp/siomatinominato.busan.html

>廃仏政策により破損され首のない仏像

観光のサイトでふつーに出てきます。
このサイトの持ち主の男性、和服で韓国旅行されてるんですね。
個性的な方で好きになってしまう。
大陵苑(古墳公園)も仏国寺にも行きました。懐かしいです。

___________________________________

>   新羅の仏像
  仏像はその材料によって金銅仏、石仏、木仏、鉄仏、塑造仏、乾漆仏などに分けられる。韓半島では、金銅仏と石仏が大半を占め、統一新羅以降は鉄仏も多く作られた。金銅仏は、青銅で作った像の上に金メッキをしたもので、韓半島に仏教が伝来してから約100年後の6世紀前半から作られ出した。新羅は、百済や高句麗に比べて遅く仏教が伝わり、7世紀後半には直方体の顔に子供の笑みを浮かべ、身体に比べて頭部がかなり大きく作られた仏像や右肩を露出し、腰をややひねった2曲姿勢の新羅固有の仏像が出現する。
  乾漆仏は、日本の天平文化では興福寺の阿修羅像など沢山作られたが、朝鮮では徹底した廃仏運動がおきて、残念ながら多くの仏像が失われてしまい、現在、乾漆や木の仏像は残っていない。
  日本でも粘土、乾漆、金銅仏が造られていたが、新羅との国交が780年に断絶した奈良時代後期から200年ほどは、木の仏像が盛んに造られた。カヤの木1本で頭部から台座まで、出来るだけ多くの部分を作り出した。外来の宗教である仏教と日本古来の信仰(神の依り代とされた霊木)が結びつき、他国にはない日本独自の一木彫(いちぼくちょう)が仏像の主流となり、隆盛を見た。日本では木仏が大切に現在まで保存されており、国宝や重文指定も多い。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)