Re: 清から受けた諡号を徹底的に隠蔽
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/09/17 22:58 投稿番号: [1002 / 1329]
>つまり、大明の元号を使う事がすなわち中華世界の大切な秩序だった事が、分かりますね。
1627年の丁卯胡乱の講和交渉時もかなりもめました。「後金に送る文書に明の年号崇禎を使わないのはけしからん!起草した某を切れ!」とか上疏するんですよねぇ。(当然、それをするのは起草者の反対派閥の者ですよ)
で、後金軍の講和担当だった副将が「年号を記入しなくてもよい文書形式ってあったよね」と助け舟を出してやったり(早く講和をまとめたいから)でどたばたして、結局、「以前後金から来た文書で年号を記入してないのがあったから、それに準拠するかたちで文書をつくる」ということで落着。
そういや10年後の丙子胡乱の降伏文書でも明の年号を使うかどうかでもめて、その年号を記入した文書を、ホンタイジに届けられるまでも無く、清軍の前線司令官の手で突っ返され、あわてて書き直していました。
これは メッセージ 1000 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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