メディアを憎む盧武鉉政権の・・・2
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/12/19 12:54 投稿番号: [845 / 2701]
下です。
批判的なメディアに対する盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の敵意や憎悪は、政権寄りの新聞やテレビに対する際限のない便宜供与や好意と表裏一体の関係を成していた。盧武鉉政権は政府予算を注ぎ込み、特定の新聞の配達を担う新聞流通院を設立した。テレビについても消費者に当たる視聴者の不満や不評を無視し、番組途中のコマーシャルを容認する方針を進めている。
こうして現政権の5年間に及ぶメディア政策は偏執的な憎悪と好意の両極端を突き進んできた。両極端の間にあるはずの中間など存在しなかった。人格的に未成熟な人の特徴は、憎悪と愛情という両極端を行ったり来たりするだけで、その間がないというものだ。
両極端しか知らない最高権力者による政治は、狂的な追従者を量産した。金蒼浩(キム・チャンホ)国政広報処長や楊正哲(ヤン・ジョンチョル)広報企画担当秘書官をはじめとする「番犬チーム」がそれだ。彼らには、歴史的な決定を前にした恐れや、非常識な行為を犯す際の恥といったものが欠如していた。送稿室の廃止措置を適当な線で穏便に済ませようとしていた国防部が、楊正哲秘書官が国防部次官を訪問した後になって方針を一変させ、完全閉鎖に踏み切ることにしたのを見ても、「番犬チーム」の役割がいかに大きかったかをよく示している。彼らの権勢が、盧大統領の厳命と、それに基づく人事上の圧迫を根拠としていたことは言うまでもない。
一方、この大統領直属の「番犬チーム」と肩を組み、「歴史上まれに見る」、「世界でも類のない」メディアとの戦争を担ってきた人々の存在も忘れてはならない。政府内のいわゆる「リトル盧武鉉」はトップの顔色をうかがいながら、甲斐甲斐しく言論統制政策の遂行に当たってきた。その代表格こそ、李宅淳(イ・テクスン)警察庁長、秋秉直(チュ・ビョンジク)元建設交通部長官だ。彼らは権力者のメディアに対する雑言を増幅するスピーカーの役割を果たし、メディアへの報復に精を出してきた。
だが時代は次のページに進もうとしている。狂気の夜はそのときは長く続くようでも、太陽が昇れば、正気の朝に取って代わるものだ。現政権が断末魔の叫びを上げながら記者室閉鎖に実力行使する様子を目の当たりにしつつも、われわれはそこに夜明けの兆候を見いだし、胸をなで下ろす。ついに長かった狂気の夜が明けようとしているのだ。
でも、こっちの方が面白い。
【記者手帳】変なところに徹底的な国防部
「外部から来る記者たちが統合ブリーフィング室に行くとしても、正門の出入りは勤務時間(午前9時−午後6時)内のみ可能です」
国防部の記者室強制閉鎖措置に対する出入り記者たちの徹夜ろう城が三日目を迎えた17日、国防部は庁舎正門の出入遮断に抗議する記者らに向かってこのように告げた。
国防部はこの日、正式な出入証を持つ記者に対しても新・旧庁舎への出入りを全面的に禁止し、統合ブリーフィング室に向かう記者に限り、国防部正門からの出入りを許可した。さらに統合ブリーフィング室内の記者に対してさえも、勤務時間以外の取材活動を禁止した。
こうした措置に伴い、この日から国防部内で記者らが出入りできる場所は、旧庁舎の背後に位置する3階建ての古びた建物に設けられた統合ブリーフィング室に制限された。この統合ブリーフィング室でさえ、国防部の職員または憲兵の案内に従わなければならない。そのため午前7時30分ごろ、国防部に出入りするため正門前に到着した一部の出入り記者たちは、寒さに震えながら1時間以上待たなければならなかった。
国防部のこうした取材制限措置は、事実上、取材の全面封鎖と何一つ変わりない。なぜ国防部は勤務時間内のみ正門からの出入りを許可することにしたのだろうか。各種事件・事故など取材対象の出来事が勤務時間内にのみ発生すると考えているからだろうか。しかし実際には、最近発生した江華島銃器強奪事件や昨年の北朝鮮によるミサイル発射など、国防・安全保障に関わる主な事件は、むしろ勤務時間外に起こるケースが多かった。
複数の軍の消息筋によると、今回の措置は実のところ、国防部の出入り記者たちが金章洙(キム・ジャンス)国防部長官の出勤時間に合わせて集団抗議することを懸念して取られたものだという。
この日午後、国防部では記者室閉鎖措置に抗議するため、黄震夏(ファン・ジナ)、宋永仙(ソン・ヨンソン)、金松子(キム・ソンジャ)議員など国会国防委員会の委員らが金長官と緊急面談を行うというハプニングもあったが、大きな状況変化を期待することは難しいだろう。こうした一連の措置を果たして「取材先進化」と呼べるのか、現政権の言論政策立案者と国防部の公報関係者らに問いたい。
批判的なメディアに対する盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の敵意や憎悪は、政権寄りの新聞やテレビに対する際限のない便宜供与や好意と表裏一体の関係を成していた。盧武鉉政権は政府予算を注ぎ込み、特定の新聞の配達を担う新聞流通院を設立した。テレビについても消費者に当たる視聴者の不満や不評を無視し、番組途中のコマーシャルを容認する方針を進めている。
こうして現政権の5年間に及ぶメディア政策は偏執的な憎悪と好意の両極端を突き進んできた。両極端の間にあるはずの中間など存在しなかった。人格的に未成熟な人の特徴は、憎悪と愛情という両極端を行ったり来たりするだけで、その間がないというものだ。
両極端しか知らない最高権力者による政治は、狂的な追従者を量産した。金蒼浩(キム・チャンホ)国政広報処長や楊正哲(ヤン・ジョンチョル)広報企画担当秘書官をはじめとする「番犬チーム」がそれだ。彼らには、歴史的な決定を前にした恐れや、非常識な行為を犯す際の恥といったものが欠如していた。送稿室の廃止措置を適当な線で穏便に済ませようとしていた国防部が、楊正哲秘書官が国防部次官を訪問した後になって方針を一変させ、完全閉鎖に踏み切ることにしたのを見ても、「番犬チーム」の役割がいかに大きかったかをよく示している。彼らの権勢が、盧大統領の厳命と、それに基づく人事上の圧迫を根拠としていたことは言うまでもない。
一方、この大統領直属の「番犬チーム」と肩を組み、「歴史上まれに見る」、「世界でも類のない」メディアとの戦争を担ってきた人々の存在も忘れてはならない。政府内のいわゆる「リトル盧武鉉」はトップの顔色をうかがいながら、甲斐甲斐しく言論統制政策の遂行に当たってきた。その代表格こそ、李宅淳(イ・テクスン)警察庁長、秋秉直(チュ・ビョンジク)元建設交通部長官だ。彼らは権力者のメディアに対する雑言を増幅するスピーカーの役割を果たし、メディアへの報復に精を出してきた。
だが時代は次のページに進もうとしている。狂気の夜はそのときは長く続くようでも、太陽が昇れば、正気の朝に取って代わるものだ。現政権が断末魔の叫びを上げながら記者室閉鎖に実力行使する様子を目の当たりにしつつも、われわれはそこに夜明けの兆候を見いだし、胸をなで下ろす。ついに長かった狂気の夜が明けようとしているのだ。
でも、こっちの方が面白い。
【記者手帳】変なところに徹底的な国防部
「外部から来る記者たちが統合ブリーフィング室に行くとしても、正門の出入りは勤務時間(午前9時−午後6時)内のみ可能です」
国防部の記者室強制閉鎖措置に対する出入り記者たちの徹夜ろう城が三日目を迎えた17日、国防部は庁舎正門の出入遮断に抗議する記者らに向かってこのように告げた。
国防部はこの日、正式な出入証を持つ記者に対しても新・旧庁舎への出入りを全面的に禁止し、統合ブリーフィング室に向かう記者に限り、国防部正門からの出入りを許可した。さらに統合ブリーフィング室内の記者に対してさえも、勤務時間以外の取材活動を禁止した。
こうした措置に伴い、この日から国防部内で記者らが出入りできる場所は、旧庁舎の背後に位置する3階建ての古びた建物に設けられた統合ブリーフィング室に制限された。この統合ブリーフィング室でさえ、国防部の職員または憲兵の案内に従わなければならない。そのため午前7時30分ごろ、国防部に出入りするため正門前に到着した一部の出入り記者たちは、寒さに震えながら1時間以上待たなければならなかった。
国防部のこうした取材制限措置は、事実上、取材の全面封鎖と何一つ変わりない。なぜ国防部は勤務時間内のみ正門からの出入りを許可することにしたのだろうか。各種事件・事故など取材対象の出来事が勤務時間内にのみ発生すると考えているからだろうか。しかし実際には、最近発生した江華島銃器強奪事件や昨年の北朝鮮によるミサイル発射など、国防・安全保障に関わる主な事件は、むしろ勤務時間外に起こるケースが多かった。
複数の軍の消息筋によると、今回の措置は実のところ、国防部の出入り記者たちが金章洙(キム・ジャンス)国防部長官の出勤時間に合わせて集団抗議することを懸念して取られたものだという。
この日午後、国防部では記者室閉鎖措置に抗議するため、黄震夏(ファン・ジナ)、宋永仙(ソン・ヨンソン)、金松子(キム・ソンジャ)議員など国会国防委員会の委員らが金長官と緊急面談を行うというハプニングもあったが、大きな状況変化を期待することは難しいだろう。こうした一連の措置を果たして「取材先進化」と呼べるのか、現政権の言論政策立案者と国防部の公報関係者らに問いたい。
これは メッセージ 844 (koshien21c さん)への返信です.
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