李承晩

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李承晩の独立運動

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/11/03 14:27 投稿番号: [8 / 2701]
昭和8年(1933)、上海臨時政府を追われた李承晩はハワイに在住していましたが、渡欧して国際社会への運動を企図していた様子が、朴錫胤という朝鮮人によって報告されています。
アジア歴史資料センター所蔵、リファレンスコード:B02030290000、昭和8年3月20日、パリの国際連盟帝国事務局長澤田節蔵から外務大臣内田康哉あての文書です。
第5ページの左側あたりから、まず原文を紹介。

時事特派員「ヂョンソン」なる米人を使ひ彼(東亜註:李承晩)の思想を確めたる所「自分の部下は暴力を主張するが自分は寧ろそれには反対であつて唯思想的宣伝によつて朝鮮内に於ける日本の虐政を発(あば)き在満朝鮮人の大多数が満州国に反対である現象を説くと同時に青年に向かつて独立運動の焔を燃えさせる丈(だ)けだ」と云つて居ます李が来寿(東亜註:寿はジュネーブ)してからは専ら支那代表と行動を共にし其の指導によりて数種の排日文書を出して居ます所が巴里に於いてはやはり「好機逸すべからず吾等の意気を世界に示せ」と云つて来たのはよしとして紐育、桑港からも盛に李氏を責めて来た様です李は「ハワイ」は勿論桑港、紐育在住の朝鮮人から金を集め又「アメリカ」の同情者から金を得て来ましたが殊に紐育に於いては一大運動即ち何等かの暴力行為を仄めかして来たのは事実でありましてこれを集金の手段に使つたのか何(ど)うかは疑問であります日本代表部が寿府を引上げる前々日まで彼等は甲論乙駁して居ました徐が李に加担して「連盟の空気は日本に不利である従て今吾々が手を下す時期ではない」と云ふことを云つて向ふ見ずの連中を宥めた様であります

ようは、李承晩は「暴力じゃなくてペンで戦うニダ」とか言いつつ、渡欧するために「でっかいことをやるぜ」とちらつかせて資金を集め、着いてからはただ排日チラシを刷っていただけで、最後まで仲間内でもグデグデのまま日を過ごし、「今日はこれくらいにしといたるわ」的なことを言っておしまい。と。
ま、朝鮮人協力者の報告ですし、他の箇所も読むと「?」というようなところもあるのですが。
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