李承晩

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北の侵攻

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/16 13:55 投稿番号: [33 / 2701]
鳥山に展開していた米陸軍部隊はここで北朝鮮軍を迎え撃とうと試みたが、有効な対戦車兵器を装備したいなかったこともあり敗走し、他の部隊と共に天安に退却する。北朝鮮軍はこれを追って天安市街に入り、市街戦で米軍は連隊長を含む多くの兵員が戦死し天安を放棄、その後も北朝鮮軍の追撃は続き7月11日には戦線を放棄して後方に撤退してしまう。

7月7日、国連安保理は国連軍の創設を決議し、その司令官の任命をトルーマン大統領に委ねた。翌8日、トルーマンはマッカーサー元帥を司令官に任命し、ここに史上初の国連軍が誕生する。ちなみに、国連憲章に基づく厳密な意味での国連軍とはいえない面もあったが、米国にとってはその方が都合が良かったとも言える。7月14日、李承晩大統領はマッカーサーに書簡を送り、韓国軍も国連軍の指揮下に入れるように要請した。これを受けたマッカーサーは、韓国三軍をそれぞれ米陸軍第8軍(ウォーカー中将)国連海軍(ジョイ中将)国連空軍(ストラメイヤー中将)の指揮下に組み込んだ。後に参戦する各国も同様にそれぞれの指揮下に入ることになる。

7月7日、北朝鮮軍は高い進撃速度を保ちつつ大田地域と小白山脈で敵集団を捕捉殲滅するために再度攻勢を開始した。米軍は第24師団に続き第25師団、第1騎兵師団を派遣し、これとは別に膨大な物資を釜山に上陸させる。相次ぐ派遣で日本の守りが手薄と感じたマッカーサーは7月7日、警察予備隊を発足させるよう日本政府に書簡を送った。日本の戦後は大転換を迎える事になる。

7月13日、大邸に司令部を解説したウォーカー中将は、錦江〜小白山脈の線で北朝鮮軍を阻止すと言う作戦命令第1号を発令し、第24師団には錦江の防御を、韓国軍には小白山脈での進撃阻止を命じたが、連絡の齟齬に加え、側方を迂回してきた北朝鮮軍に後方を遮断されたことによりまたもや大田へ退却し、追撃してきた北朝鮮軍との戦闘で第24師団のディーン師団長が捕虜となる。第8軍司令部は、約半数の兵員と装備を失った第24師団を後方に下げ、到着したばかりの第25師団を尚州に、第1騎兵師団を永同に配備し、北朝鮮の進撃を止めようとしたが、局所的には北朝鮮軍を押しとどめる戦闘があったものの、続々と流入してくる避難民やこれら市民に紛れて侵入してきたゲリラ戦部隊に後方を撹乱され、7月20日には大田が陥落し、遅滞行動を繰り返しつつも釜山へと追い詰められていった。

7月末日、いままで行方のわからなかった北朝鮮第6師団を晋州方面で探知し、釜山西方からの脅威がにわかに急増した。この危機にウォーカー中将は、洛東江まで戦線を下げてここを最終防衛ラインとする事を決定した。いわゆる釜山橋頭堡、洛東江防御線、あるいはウォーカー・ラインと呼ばれる陣地線である。

このときの記憶があるから、
「南与し易し」
となるのかな?
だけど、直に劣勢になるのに・・・
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