「歴史学界の責任を痛感」
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/03/01 11:44 投稿番号: [1671 / 2701]
記事入力 : 2009/03/01 10:22:05
教科書:李泰鎮氏「歴史学界の責任を痛感」
階級史観を身に付けた弟子たちを送り出したことを後悔、学界が国民の信頼を失い心配
歴史の重みを感じられないから、理念に振り回されるばかり…
27日にソウル大国史学科を定年退任した李泰鎮(イ・テジン)教授(66)=写真=の顔には、切なさが強く浮かんで見えた。李教授は、歴史関連の各学会が昨年10月、左派寄りの韓国近・現代史教科書を修正するという政府の方針を批判する声明を出したことと関連し、「学界に対する韓国国民の信頼を落としたようで心配だ。結果的に、左派寄り教科書の肩を持つことになった。教育は、学会の意見集約を通じてなされるものではない。国民の常識から外れない教育をしなければならない」と語った。
―歴史学界内部では、韓国近・現代史教科書における現代史の記述の問題点について、自省の動きがほとんどなかった。
「歴史学界の責任回避ということができる。わたしもそこから自由ではないが…。統一を優先する386世代(1990年代に30代で80年代に大学に通った60年代生まれの世代)の歴史観にあえて手をつけることができなかったのでは、と思う」
―歴史学者にとって必須の徳目の一つはバランス感覚だが、なぜ学界内でこの問題が公式に取り上げられなかったのか。
「1980年代に大学へ通った人々が、今では教授となっており、歴史関連学界の役員として活動している。現代史を、依然として民衆や階級中心の左派的歴史観で見ていることが問題だ。既に有効性を失ったと結論が出ているのに…。彼らは、歴史学をあまりにも政治化した。全教組(全国教職員労働組合)の歴史観が、政治化した歴史学の代表例だ。学者は、そんな視角を警戒しなければならない。近代史でも民衆蜂起ばかりを取り上げ、大韓帝国の改革運動は無視した。学生運動の洗礼を受けた386世代の歴史観は、金星社の近・現代史教科書と近い」
―韓国近・現代史教科書を検討してみたか。
「金星社の教科書における現代史の記述は、教科書として守るべき一線を越えた。どういう形式の統一かは問うことなく、統一のみを最優先課題として提示している。特定の事件について、専門家でも判断しづらい内容を、生徒たちに自分で判断せよと言っている。南北二つの国家として存在している状況で、大韓民国の教科書としてはふさわしくない。教育部でこの教科書に対する意見を尋ねると、文言の修正は別に意味がないと言っていた。大韓民国の歴史教科書を根本的に書き直さなければならない」
―韓国内部に、日本の強制併合をもたらした責任はないのか。
「父である興宣大院君との政治的対立で起こされた壬午軍乱(1882年)が、高宗の改革に挫折をもたらした。清と日本が再び朝鮮の内政に深く介入し始めた。こうして見ると、支配階層の分裂が朝鮮の近代化を挫折させたということができる」
李教授は、ソウル大人文学部の学部長だった2007年9月、人文学最高指導者課程(AFP)を開設し、大きな関心を集めた。企業の最高経営責任者(CEO)がゲーテやカントを読み、フランス詩や神話の世界を探求する、人文学の修行だ。20週の課程を終えた卒業生が、自主的に「論語班」「東アジア近代化探求班」などを結成し、会合を継続していくほどの人気だ。
「CEOが人文学を学ぶことは、知的な虚栄などではない。企業を経営し人々を率いるのに、人間と世界に関する理解を基盤とする人文学が必要だと感じたからだ」。李教授は、「人文学は自らを浄化し、客観化し、判断力を伸ばし、洞察力を高めてくれる」と語った。
李泰鎮教授は、27日の定年退任式で共に定年を迎える教授らを代表し、退任の辞を述べる。李教授は、この機会をソウル大の歴史的ルーツの探究に用いることを考えている。1895年に開校した「法官養成所」をソウル大の出発点として位置づけよう、という提案だ。高宗が作った近代教育機関である法官養成所は日帝時代に京城法学専門学校となり、解放後のソウル大法学部へとつながった。
李教授は、ソウル大の出発点を旧韓末までさかのぼらせる理由として、「過去100年余りの間大学が過ごしてきた歳月の力を理解できず、構成員の思考が近視眼的になっているからだ」と語った。「歴史の重みを感じられないから、考えが浅く、あれこれ理念に振り回され、鍋が煮えるように盛り上がっては冷めてしまうのではないか」というのが李教授の診断だ。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
砂上の楼閣はどう補修しようが砂上だ。
教科書:李泰鎮氏「歴史学界の責任を痛感」
階級史観を身に付けた弟子たちを送り出したことを後悔、学界が国民の信頼を失い心配
歴史の重みを感じられないから、理念に振り回されるばかり…
27日にソウル大国史学科を定年退任した李泰鎮(イ・テジン)教授(66)=写真=の顔には、切なさが強く浮かんで見えた。李教授は、歴史関連の各学会が昨年10月、左派寄りの韓国近・現代史教科書を修正するという政府の方針を批判する声明を出したことと関連し、「学界に対する韓国国民の信頼を落としたようで心配だ。結果的に、左派寄り教科書の肩を持つことになった。教育は、学会の意見集約を通じてなされるものではない。国民の常識から外れない教育をしなければならない」と語った。
―歴史学界内部では、韓国近・現代史教科書における現代史の記述の問題点について、自省の動きがほとんどなかった。
「歴史学界の責任回避ということができる。わたしもそこから自由ではないが…。統一を優先する386世代(1990年代に30代で80年代に大学に通った60年代生まれの世代)の歴史観にあえて手をつけることができなかったのでは、と思う」
―歴史学者にとって必須の徳目の一つはバランス感覚だが、なぜ学界内でこの問題が公式に取り上げられなかったのか。
「1980年代に大学へ通った人々が、今では教授となっており、歴史関連学界の役員として活動している。現代史を、依然として民衆や階級中心の左派的歴史観で見ていることが問題だ。既に有効性を失ったと結論が出ているのに…。彼らは、歴史学をあまりにも政治化した。全教組(全国教職員労働組合)の歴史観が、政治化した歴史学の代表例だ。学者は、そんな視角を警戒しなければならない。近代史でも民衆蜂起ばかりを取り上げ、大韓帝国の改革運動は無視した。学生運動の洗礼を受けた386世代の歴史観は、金星社の近・現代史教科書と近い」
―韓国近・現代史教科書を検討してみたか。
「金星社の教科書における現代史の記述は、教科書として守るべき一線を越えた。どういう形式の統一かは問うことなく、統一のみを最優先課題として提示している。特定の事件について、専門家でも判断しづらい内容を、生徒たちに自分で判断せよと言っている。南北二つの国家として存在している状況で、大韓民国の教科書としてはふさわしくない。教育部でこの教科書に対する意見を尋ねると、文言の修正は別に意味がないと言っていた。大韓民国の歴史教科書を根本的に書き直さなければならない」
―韓国内部に、日本の強制併合をもたらした責任はないのか。
「父である興宣大院君との政治的対立で起こされた壬午軍乱(1882年)が、高宗の改革に挫折をもたらした。清と日本が再び朝鮮の内政に深く介入し始めた。こうして見ると、支配階層の分裂が朝鮮の近代化を挫折させたということができる」
李教授は、ソウル大人文学部の学部長だった2007年9月、人文学最高指導者課程(AFP)を開設し、大きな関心を集めた。企業の最高経営責任者(CEO)がゲーテやカントを読み、フランス詩や神話の世界を探求する、人文学の修行だ。20週の課程を終えた卒業生が、自主的に「論語班」「東アジア近代化探求班」などを結成し、会合を継続していくほどの人気だ。
「CEOが人文学を学ぶことは、知的な虚栄などではない。企業を経営し人々を率いるのに、人間と世界に関する理解を基盤とする人文学が必要だと感じたからだ」。李教授は、「人文学は自らを浄化し、客観化し、判断力を伸ばし、洞察力を高めてくれる」と語った。
李泰鎮教授は、27日の定年退任式で共に定年を迎える教授らを代表し、退任の辞を述べる。李教授は、この機会をソウル大の歴史的ルーツの探究に用いることを考えている。1895年に開校した「法官養成所」をソウル大の出発点として位置づけよう、という提案だ。高宗が作った近代教育機関である法官養成所は日帝時代に京城法学専門学校となり、解放後のソウル大法学部へとつながった。
李教授は、ソウル大の出発点を旧韓末までさかのぼらせる理由として、「過去100年余りの間大学が過ごしてきた歳月の力を理解できず、構成員の思考が近視眼的になっているからだ」と語った。「歴史の重みを感じられないから、考えが浅く、あれこれ理念に振り回され、鍋が煮えるように盛り上がっては冷めてしまうのではないか」というのが李教授の診断だ。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
砂上の楼閣はどう補修しようが砂上だ。
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