李承晩

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ウリの先祖はモンゴルにだ 

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/01/24 07:16 投稿番号: [1643 / 2701]
先祖はモンゴル   済州島の馬2009年1月20日

チョランマルは背が低いので、またがっても恐くない。島の中心にそびえる漢拏山周辺には乗馬体験場がある。また、済州競馬場ではチョランマルのレースもある。
  韓国も日本も底冷えする日が続いているので、あたたかい済州島の話題です。
  朝日が美しいことで知られる城山日出峰から西帰浦行きバスの停留場に向かって歩いていると、小さな牧場で馬が3頭のんびり佇む風景が目に入ります。
  朝鮮王朝時代には「人を産んだら漢陽(ソウル)に送り、馬を産んだら済州島に送る」という言葉がありました。馬は済州島の誇りだったのです。島のあちこちでは放牧されている馬が悠々と道路を歩く姿も見られます。
  済州島で馬の飼育が本格的に始まったのは1276年、済州島が元朝(モンゴル)の直轄領となってからだと言われています。このときモンゴルから160頭の馬が運ばれ、モンゴル式の牧場が設けられました。それ以前には海岸で馬が飼育されていましたが、モンゴル式の飼育法が取り入れられると、海岸から広い牧草地を持つ漢拏山の中腹にまで放牧地帯が広がりました。元朝が滅んだ後も、高麗から朝鮮王朝時代まで、済州島の全世帯の4分の1が馬の飼育に携わっていたといいます。
  済州島固有の馬は「チョランマル」と呼ばれています。モンゴルから持ち込まれた馬が土着の馬と交配し、済州島の風土に適応しながら独特の「チョランマル」になったと言われています。
「チョランマル」はサラブレッドなどど比べると小さくて足が短いのですが、力は強く、性質は従順。体が丈夫で済州島の強い風にもよく耐えるといいます。今も漢拏山の中腹に行くと、牧場で馬がのんびり草をはむ風景が見られます。


>1276年、済州島が元朝(モンゴル)の直轄領となってから

これも済州島が弾圧された原因の一つか?
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