米軍戦死者の遺骨が58年ぶり祖国へ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/05/22 05:13 投稿番号: [1340 / 2701]
記事入力 : 2008/05/21 15:39:27
韓国戦争:米軍戦死者の遺骨が58年ぶり祖国へ
「捧げ銃!」
午後3時ちょうどに米国バージニア州アーリントン国立墓地で7人の儀仗隊員が銃口を空に向けた。同時に墓地から30メートル離れた場所に止まっていた車から、星条旗に覆われた棺が姿を現した。戦死者の遺骨を運ぶ6人の隊員は、二つの大型の花環を背景とした青いカーペットが敷かれた墓地に、ゆっくりと棺を納めた。墓地側で準備した最高級リムジンに乗って式場に到着したジャック・タイ中佐の家族と、バージニア州に住む韓国戦争(朝鮮戦争)参戦者10数人がその後に続いた。
20歳という若さで韓国戦争で戦死した元米陸軍のジャック・タイ中佐は、58年ぶりとなる今月19日、祖国に帰還した。
3発の弔砲が鳴り響いた後、式場で不動のまま立っていた儀仗隊員がトランペットで追慕の曲を奏でた。続いて棺を運んできた儀仗隊員たちが統制の取れた動きで、棺を覆っていた星条旗をたたみ始めた。長さ2メートルの大型の星条旗が、底辺50センチほどの三角にたたまれると、儀仗隊員の一人がこれを3秒間、丁重に胸に抱いた。指揮官が一方の膝を曲げたまま、この星条旗をタイ中佐の弟トムさん(54)に手渡すと、式はすべて終了した。
タイ中佐は20歳のとき、平安北道の鴨緑江周辺にあった中共軍の捕虜収容所で病死した。高校を卒業後、18歳で米陸軍に入隊した彼は、1950年に韓国へ送り込まれた。彼が所属していた部隊は第2師団38歩兵部隊だった。仁川上陸作戦に成功してから直ちに北進を開始した米軍の最前線にいたが、1950年11月に平安北道の清川江戦闘で中共軍に捕らえられ、捕虜となった。家族はタイ中佐が中共軍の捕虜となる前に、優れた活躍で2個の勲章を受け、早くから中佐に進級できたと述べた。
米国は2002年に北朝鮮当局と共同で米軍の遺骨発掘作業を行い、中共軍の捕虜収容所が存在していた鴨緑江周辺で、タイ中佐を含む数多くの元米軍兵の遺骨を発見した。ハワイの戦争捕虜失踪者連合司令部(JPAC)米軍遺体鑑識所は、4年かけてタイ中佐の遺骨を確認し、今年3月にタイ中佐の家族にこの事実を伝えた。
タイ中佐が韓国戦争で失踪した後に生まれ、兄の写真だけを見て育った弟のトムさんは、「兄の遺骨を探すために努力してくれた米国政府を、心から誇りに思う」と述べた。
トムさんはさらに、「兄のような数多くの貴重な犠牲の上に韓国の自由が守られ、発展できたという事実を理解してくれたら幸いだ」とも述べた。
ワシントン=李河遠(イ・ハウォン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
これ、南朝鮮の方は何もしていないんだよな、確か。
韓国戦争:米軍戦死者の遺骨が58年ぶり祖国へ
「捧げ銃!」
午後3時ちょうどに米国バージニア州アーリントン国立墓地で7人の儀仗隊員が銃口を空に向けた。同時に墓地から30メートル離れた場所に止まっていた車から、星条旗に覆われた棺が姿を現した。戦死者の遺骨を運ぶ6人の隊員は、二つの大型の花環を背景とした青いカーペットが敷かれた墓地に、ゆっくりと棺を納めた。墓地側で準備した最高級リムジンに乗って式場に到着したジャック・タイ中佐の家族と、バージニア州に住む韓国戦争(朝鮮戦争)参戦者10数人がその後に続いた。
20歳という若さで韓国戦争で戦死した元米陸軍のジャック・タイ中佐は、58年ぶりとなる今月19日、祖国に帰還した。
3発の弔砲が鳴り響いた後、式場で不動のまま立っていた儀仗隊員がトランペットで追慕の曲を奏でた。続いて棺を運んできた儀仗隊員たちが統制の取れた動きで、棺を覆っていた星条旗をたたみ始めた。長さ2メートルの大型の星条旗が、底辺50センチほどの三角にたたまれると、儀仗隊員の一人がこれを3秒間、丁重に胸に抱いた。指揮官が一方の膝を曲げたまま、この星条旗をタイ中佐の弟トムさん(54)に手渡すと、式はすべて終了した。
タイ中佐は20歳のとき、平安北道の鴨緑江周辺にあった中共軍の捕虜収容所で病死した。高校を卒業後、18歳で米陸軍に入隊した彼は、1950年に韓国へ送り込まれた。彼が所属していた部隊は第2師団38歩兵部隊だった。仁川上陸作戦に成功してから直ちに北進を開始した米軍の最前線にいたが、1950年11月に平安北道の清川江戦闘で中共軍に捕らえられ、捕虜となった。家族はタイ中佐が中共軍の捕虜となる前に、優れた活躍で2個の勲章を受け、早くから中佐に進級できたと述べた。
米国は2002年に北朝鮮当局と共同で米軍の遺骨発掘作業を行い、中共軍の捕虜収容所が存在していた鴨緑江周辺で、タイ中佐を含む数多くの元米軍兵の遺骨を発見した。ハワイの戦争捕虜失踪者連合司令部(JPAC)米軍遺体鑑識所は、4年かけてタイ中佐の遺骨を確認し、今年3月にタイ中佐の家族にこの事実を伝えた。
タイ中佐が韓国戦争で失踪した後に生まれ、兄の写真だけを見て育った弟のトムさんは、「兄の遺骨を探すために努力してくれた米国政府を、心から誇りに思う」と述べた。
トムさんはさらに、「兄のような数多くの貴重な犠牲の上に韓国の自由が守られ、発展できたという事実を理解してくれたら幸いだ」とも述べた。
ワシントン=李河遠(イ・ハウォン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
これ、南朝鮮の方は何もしていないんだよな、確か。
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