「戦後」終止符に意欲
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/05/11 07:12 投稿番号: [1330 / 2701]
日中の「戦後」終止符に意欲
胡錦濤主席、訪日終える
2008年05月11日01時49分
中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席は5日間の訪日を終えて10日、帰国した。日中関係の「戦後」に終止符を打ち、真の「戦略的互恵関係」を構築したいとの意欲を随所に見せた。背景には、30周年を迎えた改革開放政策の負の遺産といえる貧富の格差、環境問題の解決に日本の協力が不可欠という事情もある。一方、最高指導者といえども、対日政策のかじ取りに慎重さが求められる面もうかがわせた。
世界最大のプラズマテレビの前で記念撮影におさまる、左から松下正幸副会長、中村邦夫会長、中国の胡錦濤国家主席、大坪文雄社長=10日、大阪府門真市の松下電器産業本社、代表撮影
「(日中の)長い文化交流の足跡がよくわかる。やはり両国の人々は仲良く平和であればいい」。10日、法隆寺を見学した胡主席は案内役の大野玄妙管長にこう漏らした。
6日、羽田に降り立った胡主席を間近で見た日本政府当局者は「かつてないほど緊張していた」と振り返る。中国製冷凍ギョーザ中毒事件やチベット問題で、日本社会の対中感情は冷え込んだ。長野での北京五輪聖火リレーの直前には、自ら日本側に協力を要請するなど、訪日に不安を抱いていたとみられた。
胡主席は8日、早大での講演で「日本は限られた国土と資源で、世界が注目する発展を成し遂げた」と称賛。対中円借款への謝意を明言し、「日本の省エネや環境保護の技術は世界一流で、中国も学ぶべきだ」と訴えた。生中継をテレビで見る中国の市民に向けられた言葉でもあった。
中国では連日、訪日の様子を大きく報じ、中央テレビのニュース番組には時間枠のすべてを割いたものもあった。
政権2期目に入り、「歴史問題は永遠に語らなくてはならない」と唱えた前任の江沢民氏の呪縛から解かれ、独自の対日外交に踏み出したことを印象づけた。
しかし、東シナ海のガス田共同開発問題では「解決の見通しがついた」と明言しながら結論を急がなかった。訪問中に合意を発表したくないのが中国側の本音だった。福田政権の行方が不透明なことも中国側をちゅうちょさせた。
ガス田は「軍も絡む極めて敏感な問題」(中国筋)。有利な結論を導いても譲った部分を批判されかねない。胡主席が師と仰いだ故・胡耀邦元総書記は、失脚時に対日柔軟姿勢を批判され、胡主席が陣頭指揮をとった84年の3千人訪中団も「浪費」として「罪状」に挙げられたという。
その訪中団と「深い友情を結んだ」と振り返った胡主席は、今後も中国内の強硬派の視線に気を配りながら、日本を名実ともに「協力のパートナー」とするための努力を続けるとみられる。(坂尻信義)
「戦後」って、朝鮮戦争のことか?
2008年05月11日01時49分
中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席は5日間の訪日を終えて10日、帰国した。日中関係の「戦後」に終止符を打ち、真の「戦略的互恵関係」を構築したいとの意欲を随所に見せた。背景には、30周年を迎えた改革開放政策の負の遺産といえる貧富の格差、環境問題の解決に日本の協力が不可欠という事情もある。一方、最高指導者といえども、対日政策のかじ取りに慎重さが求められる面もうかがわせた。
世界最大のプラズマテレビの前で記念撮影におさまる、左から松下正幸副会長、中村邦夫会長、中国の胡錦濤国家主席、大坪文雄社長=10日、大阪府門真市の松下電器産業本社、代表撮影
「(日中の)長い文化交流の足跡がよくわかる。やはり両国の人々は仲良く平和であればいい」。10日、法隆寺を見学した胡主席は案内役の大野玄妙管長にこう漏らした。
6日、羽田に降り立った胡主席を間近で見た日本政府当局者は「かつてないほど緊張していた」と振り返る。中国製冷凍ギョーザ中毒事件やチベット問題で、日本社会の対中感情は冷え込んだ。長野での北京五輪聖火リレーの直前には、自ら日本側に協力を要請するなど、訪日に不安を抱いていたとみられた。
胡主席は8日、早大での講演で「日本は限られた国土と資源で、世界が注目する発展を成し遂げた」と称賛。対中円借款への謝意を明言し、「日本の省エネや環境保護の技術は世界一流で、中国も学ぶべきだ」と訴えた。生中継をテレビで見る中国の市民に向けられた言葉でもあった。
中国では連日、訪日の様子を大きく報じ、中央テレビのニュース番組には時間枠のすべてを割いたものもあった。
政権2期目に入り、「歴史問題は永遠に語らなくてはならない」と唱えた前任の江沢民氏の呪縛から解かれ、独自の対日外交に踏み出したことを印象づけた。
しかし、東シナ海のガス田共同開発問題では「解決の見通しがついた」と明言しながら結論を急がなかった。訪問中に合意を発表したくないのが中国側の本音だった。福田政権の行方が不透明なことも中国側をちゅうちょさせた。
ガス田は「軍も絡む極めて敏感な問題」(中国筋)。有利な結論を導いても譲った部分を批判されかねない。胡主席が師と仰いだ故・胡耀邦元総書記は、失脚時に対日柔軟姿勢を批判され、胡主席が陣頭指揮をとった84年の3千人訪中団も「浪費」として「罪状」に挙げられたという。
その訪中団と「深い友情を結んだ」と振り返った胡主席は、今後も中国内の強硬派の視線に気を配りながら、日本を名実ともに「協力のパートナー」とするための努力を続けるとみられる。(坂尻信義)
「戦後」って、朝鮮戦争のことか?
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