(ずれ)支那人、原爆資料館ボランティア
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/04/21 04:43 投稿番号: [1293 / 2701]
「架け橋」は中国人留学生
原爆資料館ボランティアに
2008年04月21日03時25分
広島市の平和記念資料館を見学する観光客に被爆の実態を伝える「ヒロシマピースボランティア」に、広島大大学院で国際協力について学ぶ中国人留学生の楊小平さん(26)が外国人として初めて登録された。21日からガイドを始める。「核兵器の怖さや、悲惨な状況から広島が復興してきたことを世界に伝える懸け橋になれれば」と話す。
四川省出身。06年秋の来日前、原爆については「広島というところに落ちて戦争が終わった」と学校で習った程度だった。留学して間もなく資料館を1人で訪れた時も、原爆の破壊力や怖さは理解したものの、胸に迫るというほどの印象はなかった。
約1カ月後、大学でピースボランティアの存在を知って再訪。ガイドの男性が、被爆前の広島の歴史や庶民の暮らしを語ったのをきっかけに「原爆は普通の人たちの身近に落とされた」ことに気づいた。原爆の悲惨さが「自分に近くなった」という。
このときの男性が被爆者でなかったことにも驚いた。さらに「被爆の怒りを米国に向けるのではなく、原爆の悲惨さや、平和の貴さを世界に発信するために資料館がある」と熱心に語ったことにもショックを受けた。
「なぜ広島の人はそんな思いになれたのか」。その答えが知りたくて、すぐ「ボランティアになりたい」と資料館に申し出た。
半年の研修を受けて、被爆者の証言も聞いた。自分の中で「答え」はまだ見いだせていない。だが、中国を含む核保有国が「みんな核を持たないようにしていければいい」と考えている。(秋山千佳)
ところで、「あの」館長は今何を?
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