李承晩

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町の運命を変えたニダ 4

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/02 07:04 投稿番号: [1059 / 2701]
最後に再び鉄原の話を。

  廃虚になった旧市街地に代わり、休戦後、十数キロ南に鉄原郡の新たな中心街ができた。住み着いたひとびとには、北朝鮮側に故郷がある「失郷民(シリャンミン)」や生き別れた家族をもつ離散家族が少なくない。京元線が開通して90周年の04年、そんな住民たちが鉄原駅の跡地に集い、朝鮮戦争で分断された鉄路の復元と平和統一を願った。

  最近、うれしい知らせが住民に届いた。隣の郡までで途切れている鉄路を、鉄原郡内まで一部復元する工事が3月に始まるのだ。郡庁にたずねた鄭鎬祚(チョンホジョ)・郡守(郡の長)が夢を語ってくれた。「鉄原は南と北が接する町。統一が実現すれば、ここが新たな首都になる可能性もありますよ。それがいつになるかはまだわかりませんが」

◇戦後日本の歩み変える

  朝鮮戦争は日本に何をもたらしたのか。

  戦争の「特需」は戦後復興の起爆剤となった。警察予備隊(自衛隊)の創設、講和と日米安全保障条約。戦争中の一連の出来事は、日本を共産圏への「防波堤」と位置づける、米国の戦略の反映だった。

  防波堤の重要な拠点となったのは沖縄だった。嘉手納基地には朝鮮戦争で原爆が運びこまれ、テストのため、模擬原爆や巨大爆弾を落とす爆撃機が北朝鮮に向けて何度も飛び立った、という米国人研究者の指摘もある。

  当時、基地に近い恩納村に住んでいた大城保英さん(67)は毎夕、東シナ海をこえて北方から帰ってくるプロペラの爆撃機を目にした。休戦交渉が続く53年4月、米軍は土地収用令を出し、抵抗する民衆を追い出してブルドーザーで家や田畑をつぶし、新たな基地を増やしていった。

  比屋根照夫・琉球大名誉教授は「朝鮮戦争を通じて米国は、沖縄の軍事拠点としての重要性を再認識した」と指摘する。のちのベトナム戦争で沖縄は最大規模の爆撃拠点となった。


この戦争の最大の収穫は、
熊っ子も支那人も朝鮮人を信用しなくなったこと
と、いうことだと、毛沢東の側近が書いていましたね。
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