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投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2012/01/05 21:58 投稿番号: [766 / 1030]
記事入力 : 2012/01/05 13:27
【萬物相】餓死する牛

  故・黄順元(ファン・スンウォン)氏の短編小説『子牛』は、田舎の少年トリと子牛の間に生まれた友情を描いた作品だ。トリは父親が買ってきた「みすぼらしい子牛」に失望しながらも、心を込めて育てた。ところが、6・25戦争(朝鮮戦争)が起こった年の冬、川が凍るころに、トリの家族は子牛を牛小屋につないだまま、避難を余儀なくされた。子牛は牛小屋の垣根を飛び越え、トリに向かって駆け寄ろうとしたが、薄い氷にはまって動けなくなってしまった。小説は「そんな(氷にはまって動けなくなった)子牛の首を、トリはいつまでも抱いていた」という箇所で終わった。このように、韓国の農村では、牛は「家畜」ではなく「家族」だった。

  全羅南道求礼郡出身の詩人、李時英(イ・シヨン)氏は、6・25戦争当時に牛を育てていた父親のいとこの体験談を基に『牛友だち』という詩を発表した。智異山から下りてきたパルチザンが、父親のいとこが飼っていた雌牛を山に連れていこうとした。牛は父親のいとこにくっついたまま、一歩も離れようとせず、激しく鳴いた。不思議に思ったパルチザンが雌牛の背中を叩き、父親のいとこに向かって「おい、お前。この牛をかわいがってやれ」と怒鳴った。

  2009年、200万人の観客動員数を誇ったドキュメンタリー映画『牛の鈴の音』は、慶尚北道奉化郡で農業を営む80歳の老夫婦が、30年以上にわたって育ててきた牛の生と死を描いた作品だ。おじいさんはみそを溶かし、米ぬかを混ぜて煮込んだえさを牛に食べさせた。映画が公開された後に死んだ牛の墓には、タンポポの花が咲き誇った。村人たちは、おじいさんが年老いた牛の体に良いだろうと考え、タンポポの花をたくさん食べさせたからだ、と話した。

  牛の価格が低下する一方、えさの価格の高騰が続いているため、農家が牛を餓死させるケースが相次いでいる。乳牛が産んだ雄牛や肉牛の場合、子牛を1万−2万ウォン(約670−1330円)で売りに出しても、なかなか買う人がいない。昨年1年間、えさの価格が17%も上昇した一方、供給過剰により、牛の価格の下落が続いているためだ。08年、米国産牛肉の輸入再開に伴って狂牛病(牛海綿状脳症〈BSE〉)騒動が起こった後、韓国産牛肉を買い求める消費者が増え、畜産農家が先を争って牛を購入した結果、このような事態になった。

  韓国の家畜市場に見合った牛の数は、韓牛(韓国伝統の肉牛)と外国原産の肉牛を合わせ、260万頭程度とされているが、現状では330万頭を超えているという。畜産農家は「政府が供給過剰を放置した責任を取るべきだ」と主張している。昨年には口蹄(こうてい)疫の発生に伴い、多くの牛が殺処分された。今や、牛の命の値段はえさの値段を下回っている。お金が何なのかも分からない牛が、お金の計算に躍起になるホモ・エコノミクス(経済人)の世の中で飢えて死んでいっている。詩人の金基沢(キム・ギテク)氏が牛の目玉を見て「おお、あんなにも穏やかで丸い監獄があるのか」と嘆いた、まさにその世界が広がっている。

朴海鉉(パク・ヘヒョン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版


チョンの新聞には、こういうわけの判らない記事が多い。
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