サンティアゴ巡礼の道1
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/04/06 10:12 投稿番号: [2957 / 4504]
記事入力 : 2009/04/06 09:19:55
女子大生三姉妹、「サンティアゴ巡礼の道」を行く
「とにかく歩くことから1日が始まります。自暴自棄になって歩いていると、不思議な感動が体の中に広がってきます。肉体的な苦痛は強くなるのに、理由の分からない幸福感で胸がいっぱいになってくるのです。その気持ちを言葉で表現するのはとても難しいですね」
世界的に歩き旅で有名で、カトリック信者たちの巡礼地としてスポットを浴びている「サンティアゴ巡礼の道」を訪れたウ・インへさん(23)=梨花女子大学消費者学科4年=、ウ・インファさん(21)=崇実大学経営学科2年=、ウ・インギョンさん(19)中央大学建設環境工学科1年=さんの女子大生三姉妹は、今でもその道を歩いているような錯覚に陥ることがある。1カ月間歩き続け、巡礼の旅を終えたが、その感動と余韻はまだはっきり残っている。新学期が始まり、大学に戻った3人は穏やかな表情だった。
「サンティアゴ巡礼の道」を歩きながら、人生に対する余裕を学んだのだろうか。また、この3人が大学生に人気のバックパック旅行ではなく、「サンティアゴ巡礼の道」を選んだ理由は何だったのか。
昨年12月27日、3人は意気投合し「サンティアゴの道」に出発した。「サンティアゴ巡礼の道」とは、ピレネー山脈からサンティアゴ・デ・コンポステーラへと続く800キロに及ぶ巡礼の道。ピレネー山脈周辺の山や野原を横切り、キリスト教12使徒の一人である聖ヤコブ(スペイン語名サンティアゴ)の墓まで歩くという、苦痛を伴う巡礼の道だ。
ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の訪問や国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産への登録(1998年)により世界的に脚光を浴びたが、それ以前にも『アルケミスト』の作者として知られるパウロ・コエーリョが、「この道を歩いたことが作家に転身するきっかけになった」と語り、有名になった地でもある。
インへさんとインファさんは1年前にこの旅を計画した。インへさんは大学卒業後の進路について悩んでいたときに、インファさんは専攻を変えた後、心機一転のつもりでこの道を歩くことにしたという。長女のインへさんは「末の妹が大学に入学したら一緒に行こうと約束し、貯金してきた。アルバイトをして集めた旅行資金と両親からもらった小遣いを合わせ、迷うことなくフランスに向かった」と話した。
30代以上、特に中年らが人生観を変えるために向かうという場所に、大学生として行った感想はどうだったのだろうか。
インへさんは「『サンティアゴ巡礼の道』は甘くはなかった。ロマンや幻想とはかけ離れていた。大雪のため、本来歩き始める地点から100キロほど進んだところから出発した」と話す。
フランスに出発する前、体力をつけるために家の近くにある牛眠山に5回登ったのがすべてだった3人は、毎日20−30キロ歩き続けるにつれ、心身ともに疲れていった。雪道、泥道、砂利道、アスファルトの道、そして険しい山道など、3人にとって楽な道は一つもなかった。苦痛の連続だった。
3人は「旅を始めたときは、この道を歩きながらたくさんのことを考え、悩みに対する答えを得ることができるのではないかという漠然とした期待感を抱いていたけれど、体力的に辛く、考える気力もなかった。ただお腹が空いて、休みたくて、リュックすら捨てたいほどだった」と話す。しかしそんな苦しいときでも一旦歩き始めると、道の上でだけ感じることのできる特別な気持ちや感動があったという。
2に続きます。
女子大生三姉妹、「サンティアゴ巡礼の道」を行く
「とにかく歩くことから1日が始まります。自暴自棄になって歩いていると、不思議な感動が体の中に広がってきます。肉体的な苦痛は強くなるのに、理由の分からない幸福感で胸がいっぱいになってくるのです。その気持ちを言葉で表現するのはとても難しいですね」
世界的に歩き旅で有名で、カトリック信者たちの巡礼地としてスポットを浴びている「サンティアゴ巡礼の道」を訪れたウ・インへさん(23)=梨花女子大学消費者学科4年=、ウ・インファさん(21)=崇実大学経営学科2年=、ウ・インギョンさん(19)中央大学建設環境工学科1年=さんの女子大生三姉妹は、今でもその道を歩いているような錯覚に陥ることがある。1カ月間歩き続け、巡礼の旅を終えたが、その感動と余韻はまだはっきり残っている。新学期が始まり、大学に戻った3人は穏やかな表情だった。
「サンティアゴ巡礼の道」を歩きながら、人生に対する余裕を学んだのだろうか。また、この3人が大学生に人気のバックパック旅行ではなく、「サンティアゴ巡礼の道」を選んだ理由は何だったのか。
昨年12月27日、3人は意気投合し「サンティアゴの道」に出発した。「サンティアゴ巡礼の道」とは、ピレネー山脈からサンティアゴ・デ・コンポステーラへと続く800キロに及ぶ巡礼の道。ピレネー山脈周辺の山や野原を横切り、キリスト教12使徒の一人である聖ヤコブ(スペイン語名サンティアゴ)の墓まで歩くという、苦痛を伴う巡礼の道だ。
ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の訪問や国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産への登録(1998年)により世界的に脚光を浴びたが、それ以前にも『アルケミスト』の作者として知られるパウロ・コエーリョが、「この道を歩いたことが作家に転身するきっかけになった」と語り、有名になった地でもある。
インへさんとインファさんは1年前にこの旅を計画した。インへさんは大学卒業後の進路について悩んでいたときに、インファさんは専攻を変えた後、心機一転のつもりでこの道を歩くことにしたという。長女のインへさんは「末の妹が大学に入学したら一緒に行こうと約束し、貯金してきた。アルバイトをして集めた旅行資金と両親からもらった小遣いを合わせ、迷うことなくフランスに向かった」と話した。
30代以上、特に中年らが人生観を変えるために向かうという場所に、大学生として行った感想はどうだったのだろうか。
インへさんは「『サンティアゴ巡礼の道』は甘くはなかった。ロマンや幻想とはかけ離れていた。大雪のため、本来歩き始める地点から100キロほど進んだところから出発した」と話す。
フランスに出発する前、体力をつけるために家の近くにある牛眠山に5回登ったのがすべてだった3人は、毎日20−30キロ歩き続けるにつれ、心身ともに疲れていった。雪道、泥道、砂利道、アスファルトの道、そして険しい山道など、3人にとって楽な道は一つもなかった。苦痛の連続だった。
3人は「旅を始めたときは、この道を歩きながらたくさんのことを考え、悩みに対する答えを得ることができるのではないかという漠然とした期待感を抱いていたけれど、体力的に辛く、考える気力もなかった。ただお腹が空いて、休みたくて、リュックすら捨てたいほどだった」と話す。しかしそんな苦しいときでも一旦歩き始めると、道の上でだけ感じることのできる特別な気持ちや感動があったという。
2に続きます。
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