新しい時代の長男
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/23 10:47 投稿番号: [2005 / 4504]
ノムタソはそうなりたかったそうで。
どうみても、北がお兄さんの次男だろう。
【社説】盧大統領を歴史の中に送る
5年前、大統領に就くと盧武鉉(ノ・ムヒョン)は、旧時代の末っ子ではなく、新しい時代の長男になりたいと言った。時は絶好の機会だった。1970年代以来、韓国政治には4つの宿題があった。文民化、与・野党間、そして嶺湖南間の権力交代、そして世代交代だった。金泳三(キム・ヨンサム)大統領が文民化、金大中(キム・デジュン)大統領が与・野党と東西間の権力交代を実現させた。盧大統領自身は、世代交代の完成品だった。すべての宿題が解けたから、彼は先進化に向けて走りさえすればよかった。どの大統領もこれより良い環境に置かれることはなかった。
しかし盧武鉉はそんな大事な機会を逃した。彼は多くの面で不足だった。人々は李会昌(イ・フェチャン)と違う庶民性、李仁済(イ・インジェ)とは違う斬新性、金泳三、金大中のような闘争性だけに注目した。盧武鉉の実際は違った。歴史意識はねじまげられ、傲慢さは憲法を超え、知識は足りず、口だけはとても早かった。386に丸め込まれ、権威を振るう器がなかった上、世界と北朝鮮をあまりに知らず、井の中の経験で現代史とマスコミに接した。歳月が経って本当の盧武鉉が一つ二つと現れはじめ、国は混乱した。国民はそうして5年を盧武鉉と一緒に過ごした。これからは我々が彼を歴史の中に送る。
盧武鉉は二面性あるの人間だ。光に向かって走りながらも必ず陰を残し、良いことをしながらも必ず悪い話を招いた。盧武鉉は大統領選挙広告で涙を流し、共同体を改善しようとする情熱が強かった。方法さえ正しければその情熱は私たち皆のサクセスストーリーになったはずだ。彼はあまりにも大統領職を渇求したが、何カ月もたたずに「大統領職はやってられない」と言った。世の中を熱く眺めるようでも、実際見る目は一部だった。平等、疾視、偏向だった。民主党は旧態だと言って「開かれたウリ党」を作ったが、ハンナラ党に大連合政府を作ろうと呼びかけた。彼は竜山基地移転という韓米同盟の長年の課題を解決した。しかし撤去を求められるマッカーサー銅像を放置して、軍人を反米デモ隊に向けて放り込んだ。彼はイラクに韓国軍を送ってブッシュ米国大統領を感動させた。しかし「反米主義だったら何だっていうだ」などとも言った。また韓米FTAを主導的に成功させた。ところが他方では農民デモ隊を阻んだ警察庁長官が退かなければならない事態が起こった。
彼は自分がいくら二面的なのかよく知らなかった。彼は元判事で弁護士だった。そんな人が大統領になって憲法を何回も踏みにじった。違憲公約(行政首都移転)で票を獲得、憲法にもない信任投票をすると言っては、憲法裁判官を任命しながら憲法手続きを踏まなかった。最後には選挙運動をするといって憲法裁判所に再判定させたりした。彼は権力機関から大統領の手を放すと言った。しかし権力機関は独立的にもなれず、有能でもなかった。国情院は有力大統領候補の後を探り、国情院長はアフガニスタンと平壌で国の権威を落とすだけ落とした。政権中、警察の催涙弾よりはデモ隊の喊声と竹槍を恐れた。
盧大統領は経済についても二面的だった。彼は5年間、輸出が毎年2けたに増えたと誇る。自分の力だというのだ。投資と就職口が減り、庶民経済が苦しくなったのは、10年前の通貨危機のせいなのだそうだ。
盧武鉉の時代で韓国はそれなりに歴史の進歩を収穫した。選挙中、お金の包みが転がりくるという話ももう聞こえてこない。政経癒着という言葉も徐々に消えている。未来を憂えた状況で、我々は韓米FTAという綱を握ることができた。批准にもう少し情熱的だったら盧大統領の功績はその分増えたはずだ。
烽下(ポンハ)村の盧武鉉は現実の歴史から身をかわさなければならない。米国のカーター元大統領は不器用な理想主義で在任中、国民の信頼を失った。しかし退任後、働き手となって社会的弱者のために活動している。そんなカーター氏を米国人はまた愛している。2004年4月の総選挙で勝利した後、386らは青瓦台の夕食会で「あなたのための行進曲」を歌った。盧大統領は答歌として趙容弼(チョ・ヨンピル)の『虚空』を歌った。すでに盧武鉉は自分の誤った情熱を虚空の中に放たなければならない。そしてまた低い所に下って、再挑戦する気持ちで愛国心を実践に移してほしい。静かに、口に出さずに黙々と…。
中央日報 joins.com
2008.02.23 10:17:15
どうみても、北がお兄さんの次男だろう。
【社説】盧大統領を歴史の中に送る
5年前、大統領に就くと盧武鉉(ノ・ムヒョン)は、旧時代の末っ子ではなく、新しい時代の長男になりたいと言った。時は絶好の機会だった。1970年代以来、韓国政治には4つの宿題があった。文民化、与・野党間、そして嶺湖南間の権力交代、そして世代交代だった。金泳三(キム・ヨンサム)大統領が文民化、金大中(キム・デジュン)大統領が与・野党と東西間の権力交代を実現させた。盧大統領自身は、世代交代の完成品だった。すべての宿題が解けたから、彼は先進化に向けて走りさえすればよかった。どの大統領もこれより良い環境に置かれることはなかった。
しかし盧武鉉はそんな大事な機会を逃した。彼は多くの面で不足だった。人々は李会昌(イ・フェチャン)と違う庶民性、李仁済(イ・インジェ)とは違う斬新性、金泳三、金大中のような闘争性だけに注目した。盧武鉉の実際は違った。歴史意識はねじまげられ、傲慢さは憲法を超え、知識は足りず、口だけはとても早かった。386に丸め込まれ、権威を振るう器がなかった上、世界と北朝鮮をあまりに知らず、井の中の経験で現代史とマスコミに接した。歳月が経って本当の盧武鉉が一つ二つと現れはじめ、国は混乱した。国民はそうして5年を盧武鉉と一緒に過ごした。これからは我々が彼を歴史の中に送る。
盧武鉉は二面性あるの人間だ。光に向かって走りながらも必ず陰を残し、良いことをしながらも必ず悪い話を招いた。盧武鉉は大統領選挙広告で涙を流し、共同体を改善しようとする情熱が強かった。方法さえ正しければその情熱は私たち皆のサクセスストーリーになったはずだ。彼はあまりにも大統領職を渇求したが、何カ月もたたずに「大統領職はやってられない」と言った。世の中を熱く眺めるようでも、実際見る目は一部だった。平等、疾視、偏向だった。民主党は旧態だと言って「開かれたウリ党」を作ったが、ハンナラ党に大連合政府を作ろうと呼びかけた。彼は竜山基地移転という韓米同盟の長年の課題を解決した。しかし撤去を求められるマッカーサー銅像を放置して、軍人を反米デモ隊に向けて放り込んだ。彼はイラクに韓国軍を送ってブッシュ米国大統領を感動させた。しかし「反米主義だったら何だっていうだ」などとも言った。また韓米FTAを主導的に成功させた。ところが他方では農民デモ隊を阻んだ警察庁長官が退かなければならない事態が起こった。
彼は自分がいくら二面的なのかよく知らなかった。彼は元判事で弁護士だった。そんな人が大統領になって憲法を何回も踏みにじった。違憲公約(行政首都移転)で票を獲得、憲法にもない信任投票をすると言っては、憲法裁判官を任命しながら憲法手続きを踏まなかった。最後には選挙運動をするといって憲法裁判所に再判定させたりした。彼は権力機関から大統領の手を放すと言った。しかし権力機関は独立的にもなれず、有能でもなかった。国情院は有力大統領候補の後を探り、国情院長はアフガニスタンと平壌で国の権威を落とすだけ落とした。政権中、警察の催涙弾よりはデモ隊の喊声と竹槍を恐れた。
盧大統領は経済についても二面的だった。彼は5年間、輸出が毎年2けたに増えたと誇る。自分の力だというのだ。投資と就職口が減り、庶民経済が苦しくなったのは、10年前の通貨危機のせいなのだそうだ。
盧武鉉の時代で韓国はそれなりに歴史の進歩を収穫した。選挙中、お金の包みが転がりくるという話ももう聞こえてこない。政経癒着という言葉も徐々に消えている。未来を憂えた状況で、我々は韓米FTAという綱を握ることができた。批准にもう少し情熱的だったら盧大統領の功績はその分増えたはずだ。
烽下(ポンハ)村の盧武鉉は現実の歴史から身をかわさなければならない。米国のカーター元大統領は不器用な理想主義で在任中、国民の信頼を失った。しかし退任後、働き手となって社会的弱者のために活動している。そんなカーター氏を米国人はまた愛している。2004年4月の総選挙で勝利した後、386らは青瓦台の夕食会で「あなたのための行進曲」を歌った。盧大統領は答歌として趙容弼(チョ・ヨンピル)の『虚空』を歌った。すでに盧武鉉は自分の誤った情熱を虚空の中に放たなければならない。そしてまた低い所に下って、再挑戦する気持ちで愛国心を実践に移してほしい。静かに、口に出さずに黙々と…。
中央日報 joins.com
2008.02.23 10:17:15
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