ハングル検定1
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/08 16:38 投稿番号: [1888 / 4504]
母国語でそれで教育受けてきたのに、使わないと忘れてしまうのか。
帰国を勧めます。
そうすれば、使う機会が増えるし、誇りも持てる。
「オモニの資格試験」
「ハングル検定」試験の案内をもらった。
私は正直、「英語検定」試験や「漢字検定」試験なら受けてみようかとも思ったけれど、「ハングル検定」なんて関心がひとつもなかった。それになんだか難しい感じがして、私には何の関係もないものと勝手に決め付けた。だからその案内状を家に持ち帰っても、オモニにチラッと見せた後、ゴミ箱に捨てた。
なのに、思いがけないことが起こった。オモニがその紙をゴミ箱から拾って読むと、こう言うのだった。
「春紅、ハングル検定なんやけど…受けたら? 実はオモニも受けようかと…」
「えっ?!」
思いがけない言葉に、私は口をあんぐりとあけた。
「え? オンマが? ハングル検定を? …資格を取るなら『ケアマネージャー』とか、もっとぴったりな資格試験がいくらでもあるやん。あえてハングル検定をなんで受けるの? ハハハ…」。笑いながらも変な汗が出た。
「あかん!! オンマは『ハングル検定」を受けたいねん」
真剣な顔にはなぜか緊張が浮かんでいた。
私はオモニがなぜ「ハングル検定」を受けようとするのか理由が知りたかった。それでオモニから話を詳しく聞いてみた。
私のオモニは初級部から大学に至るまで朝鮮学校に通った。学生時代に一番好きだった科目がウリマル(朝鮮語)を学ぶ国語だったと言う。なのに卒業して約20年…。最近、ウリマルが思うように出てこなくて、ウリマルを忘れてしまったようでとても悲しく、胸が痛むようだ。
オモニの言葉に耳を傾けていた私の頭の中にはある場面が浮かんだ。弟が5年生になったある日…。弟は、作文の宿題をしながら知らない単語をオモニに聞いた。「オンマ、『よりによって』はウリマルで何て言うの?」と言いながら、作文のノートを渡した。「うん?! …何て言ったっけ?」。そう言って、1分、2分…、5分頭を悩ませて、しまいに辞典を引いてやっと答えを教えていた。ウリマルだけは自信があるといつも鼻が高かったオモニだけに、弟の質問にすぐに答えられなかったのがあまりにショックだったのか、オモニは失望感に包まれた顔をしていた。
またある日、ハラボジと話していたオモニが困った顔をしたときのことがふいに思い浮かんだ。私のハラボジは故郷を離れて日本に渡ってきた1世である。長い間岡山県で総聯支部委員長もして、同胞たちのために働いてきた。そんなハラボジが使う言葉は、いつ、どこでも、ウリマルだ。もちろん私と話すときも、アボジと話すときも、オモニと話すときも100%ウリマルなのである。ハラボジのウリマルは私が使うウリマルとは何だか少し違う。それで私はハラボジが何を話しているのか、たまにわからないときがある。それはオモニも同じだった。オモニから見るとお舅さんであるハラボジの話を聞き取れないと言うのは大ごとだった。
それでオモニは、「ハングル検定」を機会に、ウリマルの勉強をまた始め、もっと深く、もっとよくウリマルについて知りたいのだと言った。私はこんなに真剣なオモニの表情をはじめて見るようで驚きを隠せなかった。
なんと、2に続きます。
帰国を勧めます。
そうすれば、使う機会が増えるし、誇りも持てる。
「オモニの資格試験」
「ハングル検定」試験の案内をもらった。
私は正直、「英語検定」試験や「漢字検定」試験なら受けてみようかとも思ったけれど、「ハングル検定」なんて関心がひとつもなかった。それになんだか難しい感じがして、私には何の関係もないものと勝手に決め付けた。だからその案内状を家に持ち帰っても、オモニにチラッと見せた後、ゴミ箱に捨てた。
なのに、思いがけないことが起こった。オモニがその紙をゴミ箱から拾って読むと、こう言うのだった。
「春紅、ハングル検定なんやけど…受けたら? 実はオモニも受けようかと…」
「えっ?!」
思いがけない言葉に、私は口をあんぐりとあけた。
「え? オンマが? ハングル検定を? …資格を取るなら『ケアマネージャー』とか、もっとぴったりな資格試験がいくらでもあるやん。あえてハングル検定をなんで受けるの? ハハハ…」。笑いながらも変な汗が出た。
「あかん!! オンマは『ハングル検定」を受けたいねん」
真剣な顔にはなぜか緊張が浮かんでいた。
私はオモニがなぜ「ハングル検定」を受けようとするのか理由が知りたかった。それでオモニから話を詳しく聞いてみた。
私のオモニは初級部から大学に至るまで朝鮮学校に通った。学生時代に一番好きだった科目がウリマル(朝鮮語)を学ぶ国語だったと言う。なのに卒業して約20年…。最近、ウリマルが思うように出てこなくて、ウリマルを忘れてしまったようでとても悲しく、胸が痛むようだ。
オモニの言葉に耳を傾けていた私の頭の中にはある場面が浮かんだ。弟が5年生になったある日…。弟は、作文の宿題をしながら知らない単語をオモニに聞いた。「オンマ、『よりによって』はウリマルで何て言うの?」と言いながら、作文のノートを渡した。「うん?! …何て言ったっけ?」。そう言って、1分、2分…、5分頭を悩ませて、しまいに辞典を引いてやっと答えを教えていた。ウリマルだけは自信があるといつも鼻が高かったオモニだけに、弟の質問にすぐに答えられなかったのがあまりにショックだったのか、オモニは失望感に包まれた顔をしていた。
またある日、ハラボジと話していたオモニが困った顔をしたときのことがふいに思い浮かんだ。私のハラボジは故郷を離れて日本に渡ってきた1世である。長い間岡山県で総聯支部委員長もして、同胞たちのために働いてきた。そんなハラボジが使う言葉は、いつ、どこでも、ウリマルだ。もちろん私と話すときも、アボジと話すときも、オモニと話すときも100%ウリマルなのである。ハラボジのウリマルは私が使うウリマルとは何だか少し違う。それで私はハラボジが何を話しているのか、たまにわからないときがある。それはオモニも同じだった。オモニから見るとお舅さんであるハラボジの話を聞き取れないと言うのは大ごとだった。
それでオモニは、「ハングル検定」を機会に、ウリマルの勉強をまた始め、もっと深く、もっとよくウリマルについて知りたいのだと言った。私はこんなに真剣なオモニの表情をはじめて見るようで驚きを隠せなかった。
なんと、2に続きます。
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