ソンウジョン、イル屑を叱る
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/04/18 14:58 投稿番号: [122 / 1291]
記事入力 : 2009/04/18 11:59:47
【コラム】永田元議員と李鍾杰議員
今年1月4日朝、一時エリート政治家として名をはせた民主党の永田寿康元衆議院議員が飛び降り自殺したというニュースが日本の新聞に掲載された。39歳だった。B5判ノート1冊分の遺書と1.8リットル入りの焼酎の紙パックが現場に残されていたという内容が、堀江メール問題を起こしたという人物像とともに社会面で1−2段記事として取り上げられた。翌日、「国民を代表した人物が自殺という手段を選んだことは極めて遺憾だ」とする民主党代表の短いコメントを最後に、彼の名前は新聞から消えた。
恐ろしいと感じたのは、彼が自殺した事実よりもそれに対する日本社会の冷たい反応だった。社会的な悪影響を懸念して自殺報道をタブー視する慣行を考慮しても、「日本社会は彼の死すら無視したのではないか」という思いが消えなかった。うば捨て山の楢山に老人を捨て、平然と日常を送る人々を描いた映画『楢山節考』のラストシーンを見るようだった。永田元議員は「楢山」に捨てられた上に、記憶からも抹消されるという刑罰を受けたのだ。
事の発端は2006年に真偽不明の電子メールのコピーを掲げ、自民党幹部の息子が総選挙に出馬したライブドアの堀江貴文元社長から金銭を受け取ったなどと国会で主張したことだった。永田元議員は功を焦る余り、相手の名誉と真実の重要性を考えなかった。韓国ならば中傷された側の政党や当事者の告発で司法当局が真実を解明するまで待っただろうが、日本の対応は違った。
自民党総裁だった小泉純一郎元首相は問題のメールを「虚偽メール」と規定した上で、道理を主張した。「虚偽だという証拠を示せ」という永田元委員の追及に対し、小泉元首相は「メールを公開したあなたが真偽を明らかにするのが当然じゃないか」と笑った。しばらくして、メールは虚偽だと判定された。検察や自民党ではなく、民主党自らが結論を下した。他人を侮辱しておいて、「侮辱だという根拠を示せ」というとんでもない主張を行ったことに世論が反発したため、民主党が慌てて立証に動いたのだった。
永田元議員は免責特権の後ろに隠れようとした。他人の名誉を堂々と踏みにじっておいて、自分には卑怯(ひきょう)な態度だった。抵抗する永田元議員を楢山に向かう背負子(しょいこ)に無理やり乗せたのも、検察や自民党ではなく民主党だった。支持率の低下がそうさせたのだ。当時の前原誠司党代表は、「代表として永田元議員の責任を問えなかった責任を負う」として自ら先に辞任し、圧力をかけた。
永田元議員は日本の官庁で最も地位が高い大蔵省出身だった。有名な医師の家庭に生まれ、東大工学部を卒業後、米国で経営学修士号(MBA)を修得した。華麗な経歴と財力を背景に、故郷ではなく、首都圏で野党の看板議員として3選を記録した有能な人物だった。父親の選挙区をただで譲り受ける2世議員が幅を利かす日本の政界では何人もいない秀才に数えられた。それでも日本は容赦なく彼を切り捨てた。他人の名誉を踏みにじり、謝罪もせず、何よりも卑怯だったからだ。
日本は冷たい社会だ。寛大なように見えて、決定的な瞬間には原則と罰則のシステムが容赦なく働く。排除された人間に対する同情などは存在しない。冷酷だが日本的な秩序はそれで維持される。日本の政治は永田元議員のような人物のために「三流」だと言われるが、永田元議員を切り捨てた冷酷な秩序が働いたからこそ、韓国政治のように「終わっている」という声までは聞かれない。免責特権という盾に隠れ、タレントのチャン・ジャヨンさん自殺に関する無責任な発言を繰り返した韓国の李鍾杰(イ・ジョンゴル)国会議員が、果たして永田元議員のことを知っているか気になる。
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
>他人を侮辱しておいて、「侮辱だという根拠を示せ」というとんでもない主張を行ったこと
>他人の名誉を踏みにじり、謝罪もせず、何よりも卑怯だったからだ。
【コラム】永田元議員と李鍾杰議員
今年1月4日朝、一時エリート政治家として名をはせた民主党の永田寿康元衆議院議員が飛び降り自殺したというニュースが日本の新聞に掲載された。39歳だった。B5判ノート1冊分の遺書と1.8リットル入りの焼酎の紙パックが現場に残されていたという内容が、堀江メール問題を起こしたという人物像とともに社会面で1−2段記事として取り上げられた。翌日、「国民を代表した人物が自殺という手段を選んだことは極めて遺憾だ」とする民主党代表の短いコメントを最後に、彼の名前は新聞から消えた。
恐ろしいと感じたのは、彼が自殺した事実よりもそれに対する日本社会の冷たい反応だった。社会的な悪影響を懸念して自殺報道をタブー視する慣行を考慮しても、「日本社会は彼の死すら無視したのではないか」という思いが消えなかった。うば捨て山の楢山に老人を捨て、平然と日常を送る人々を描いた映画『楢山節考』のラストシーンを見るようだった。永田元議員は「楢山」に捨てられた上に、記憶からも抹消されるという刑罰を受けたのだ。
事の発端は2006年に真偽不明の電子メールのコピーを掲げ、自民党幹部の息子が総選挙に出馬したライブドアの堀江貴文元社長から金銭を受け取ったなどと国会で主張したことだった。永田元議員は功を焦る余り、相手の名誉と真実の重要性を考えなかった。韓国ならば中傷された側の政党や当事者の告発で司法当局が真実を解明するまで待っただろうが、日本の対応は違った。
自民党総裁だった小泉純一郎元首相は問題のメールを「虚偽メール」と規定した上で、道理を主張した。「虚偽だという証拠を示せ」という永田元委員の追及に対し、小泉元首相は「メールを公開したあなたが真偽を明らかにするのが当然じゃないか」と笑った。しばらくして、メールは虚偽だと判定された。検察や自民党ではなく、民主党自らが結論を下した。他人を侮辱しておいて、「侮辱だという根拠を示せ」というとんでもない主張を行ったことに世論が反発したため、民主党が慌てて立証に動いたのだった。
永田元議員は免責特権の後ろに隠れようとした。他人の名誉を堂々と踏みにじっておいて、自分には卑怯(ひきょう)な態度だった。抵抗する永田元議員を楢山に向かう背負子(しょいこ)に無理やり乗せたのも、検察や自民党ではなく民主党だった。支持率の低下がそうさせたのだ。当時の前原誠司党代表は、「代表として永田元議員の責任を問えなかった責任を負う」として自ら先に辞任し、圧力をかけた。
永田元議員は日本の官庁で最も地位が高い大蔵省出身だった。有名な医師の家庭に生まれ、東大工学部を卒業後、米国で経営学修士号(MBA)を修得した。華麗な経歴と財力を背景に、故郷ではなく、首都圏で野党の看板議員として3選を記録した有能な人物だった。父親の選挙区をただで譲り受ける2世議員が幅を利かす日本の政界では何人もいない秀才に数えられた。それでも日本は容赦なく彼を切り捨てた。他人の名誉を踏みにじり、謝罪もせず、何よりも卑怯だったからだ。
日本は冷たい社会だ。寛大なように見えて、決定的な瞬間には原則と罰則のシステムが容赦なく働く。排除された人間に対する同情などは存在しない。冷酷だが日本的な秩序はそれで維持される。日本の政治は永田元議員のような人物のために「三流」だと言われるが、永田元議員を切り捨てた冷酷な秩序が働いたからこそ、韓国政治のように「終わっている」という声までは聞かれない。免責特権という盾に隠れ、タレントのチャン・ジャヨンさん自殺に関する無責任な発言を繰り返した韓国の李鍾杰(イ・ジョンゴル)国会議員が、果たして永田元議員のことを知っているか気になる。
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
>他人を侮辱しておいて、「侮辱だという根拠を示せ」というとんでもない主張を行ったこと
>他人の名誉を踏みにじり、謝罪もせず、何よりも卑怯だったからだ。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/kl4z9qa1a6fndabaafa1a1d6beo8bdbedd_1/122.html