でも・・・
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/05/15 06:01 投稿番号: [477 / 4034]
記事入力 : 2007/05/14 17:41:14
南山の朝鮮神宮跡に再び民族の精気を
現在の安重根(アン・ジュングン)義士記念館や南山植物園の撤去跡地、白凡(独立運動家・金九〈キム・グ〉の雅号)広場(以上、ソウル市中区会賢洞)および南山図書館(龍山区厚岩洞)の敷地は、1910年の韓日併合直前に漢陽公園が設けられた場所だ。
だが韓日併合後、「天皇制」イデオロギーを朝鮮人に注入しようとした日本帝国は、漢陽公園の敷地12万7900坪に朝鮮神社を建立することにし、工事費156万円余りを投じ、25年までに15棟の建物を備えた神社を完成、「朝鮮神宮」に格上げした。45年の光復(日本支配からの解放)直後、日本人らは同年10月までに自ら神社を解体し、撤収した。
現在の安重根義士記念館は、義挙61周年記念日に当たる70年10月26日に開館した。かつての朝鮮神宮跡地付近に朝鮮侵略の元凶を射殺した義士の記念館を建てたというのは、非常に象徴的なことと見ることができるが、「朝鮮神宮建物は植物園の位置にあり、記念館の位置選定の際は、単に南山が良いという理由で現在の場所に建てられただけで、朝鮮神宮とは無関係」(孫禎睦〈ソン・ジョンモク〉ソウル市立大名誉客員教授)との主張もある。
現在の記念館は、安重根義士崇慕会(李殷相〈イ・ウンサン〉会長)が各界から集めた募金7180万ウォン(約934万円)で着工から1年後に完成したもので、延面積135坪の平屋のコンクリート製の建物。当時の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は、記念館前に「民族正気の殿堂」と書かれた親筆の記念碑を残した。しかし、展示空間が手狭なため、記念館を新たに建て直すべきとの意見が各界から提起され続けていた。また、国民の関心も薄く、一時は韓国人の訪問客よりも日本の修学旅行者たちの方が多いという珍現象が起きたこともあった。
兪碩在(ユ・ソクジェ)記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
>一時は韓国人の訪問客よりも日本の修学旅行者たちの方が多いという珍現象が起きたこともあった。
こんなとこまで連れて行かれてます。
「拉致」?
これは メッセージ 476 (kohshien21c さん)への返信です.
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