>皇国史観については
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/08/21 20:18 投稿番号: [9263 / 60270]
>天皇が一番で国民はその下であるということが
こういう考え方もあるよ。
明治の日本は西欧列強の侵略の脅威にさらされながら、西欧のパワーの源泉である科学技術とデモクラシーの精神を学習することによって、列強を跳ね返そうとした。
日本人の中に存在していた清明心や利他心といった高度なモラリティを温存しながら、その試みを成功さえようとしたようだ。
そのため明治の先人たちが考案したメカニズムは、モラリティの中心として天皇を配し、武士道的モラリティを定着させることによって、民衆レベルの清明心や利他心を涵養しようというものであった。
それではちっともデモクラシーを導入したことにはならないではないかなどと思っては行けない。その中心たる能力主義と機会の平等はちゃんと取り入れていたからである。どんな人間も能力さえあれば、また努力さえすれば大将にも大臣にもなれるのだとすれば、デモクラシーの本質は保たれている。
ただし、だれもが天皇になれるものではないので、「唯一の」例外付きのデモクラシーではあるが、天皇は神であって、元々別格だとしておけばこの例外は以外に問題にはならないものらしい。(「甦る岡潔」・山下純一)。やや文を変えてあります。
一君万民とは、All men are equal under the Emperor. このEmperor をGodに帰れば西欧流の民主主義と全く同じになる。
一君万民とは万民が天皇に隷属するということではなくて、天皇のもとではすべての人が平等だ、という意味。天皇と国民の間には上下の関係はない。なぜなら、万民が天皇なのだから。すなわちこれが天皇が日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であるということ。
これに関して、2・26事件で刑死した高橋太郎少尉がこういっている。
「天下の万民はみな神物なり。天下万民を苦しむる輩は神の敵なり。許すべからず」これも一君万民を表しているかな。
かつて、三島は、明治憲法よりも、今の憲法の方が天皇制の本質により近いと言った。ドイツ第二帝国の憲法をまねた明治憲法は天皇制の本質に反すると言った。
これは メッセージ 9259 (seirin_hantou さん)への返信です.
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