日本は何故、反省しないのか?

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飢饉

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/07 20:15 投稿番号: [53277 / 60270]
>前近代ではどこの国でも飢饉から自由になれなかった。お前達の祖先のように飢饉に襲われたら隣国を泥棒するという意識が朝鮮人にはなかったもので、倭人とは違って、色々工夫して飢饉を乗り越えたのだよ。馬鹿!



「春窮」と言う言葉があるように。
飢饉が慢性化していた朝鮮半島と異なり。

例を挙げれば、徳川270年の内、飢饉は
「寛永の飢饉」(1641〜1642年)
「元禄の飢饉」(1701〜1703年)
「享保の飢饉」(1732〜1733年)
「宝暦の飢饉」(1755〜1756年)
「天明の飢饉」(1782〜1786年)
「天保の飢饉」(1833〜1839年)
の都合6回。年数では21年程。

これは17世紀前半と18世紀前半、19世紀前後は、「小氷河期」に当たる為。

で、だ。
人口が700〜900万ほどをうろついていた朝鮮(20世紀初頭までな)と違い。
日本は灌漑治水等、色々工夫して、かつ、新田開発なども行って。
飢饉を乗り越えてきたのだよ。

因みに、江戸開府(1603年)時点での日本の人口は約1800万人と言われている。
これが、江戸末期〜維新直後(1870年前後)での人口は約3300万人。
(「近世国別人口表」『日本歴史大辞典4』より)

この根拠は、生産高(石高)で推定できる。
1598年(おお、丁度『慶長の役』の年だな)で、全国石高約1856万石。
明治維新から5年後の1873年(明治6年)で、全国石高約3213万石。
(「近世国別石高変遷表」『日本歴史大辞典4』より)

更には品種改良、荒廃食料の導入、飢饉用保存米の備蓄、等々。

「春窮」の為に、木の根っこまで喰らい尽し、大地を痩せ細ろえさせた、どこかのミンジョクとは違うのだよ(苦笑)
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