お見事
投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/02 23:00 投稿番号: [52800 / 60270]
asia_bambaataa殿、一本有り(笑)
>>純粋な宗教として弾圧したわけではない。
>それはその通りだと思います。要するに革命の口実と考えて宜しいですよね。
とは申せ。
三代太宗の時代に寺院を82に削減。宗派を13から7へ統合。
四代世宗の時代には宗派は「禅」「教」の二派のみに。寺院数36に削減。
九代成宗〜十一代中宗の頃には、ほぼ僧侶は姿を消しています。
身分的にも僧侶は賤民に位置しましたし。
十八代顕宗の時代には、良民の出家の禁止。
僧侶の還俗を強制しています。
これを持ってしても「純粋な宗教としての『仏教』への弾圧ではない」と言い切れるものでしょうか・・・
ま、確かにini君の言う通り、政治政争の側面は否定しませんが。
仏教の政治性剥奪の為であれば。
信長の「叡山攻め(天台宗)」「石山合戦(一向宗・本願寺)」の様に。
「頭(政治性の部分)を叩く」ので良いのでは?
結果、叡山(京・朝廷への影響力)も、本願寺(世俗権力)も、共に削がれ政治性は消失しましたが、
「信仰」は無くなりませんでしたし、信長も無くそうとはしませんでした。
彼が敵視したのは「宗教の現実世俗権力への介入力」であって。
「信仰」ではありませんでしたから(信長自身が『信仰心』を持っていたかは、大いに疑問ですが。カトリックに対する扱いを見る限り)
李氏朝鮮のそれは、成程当初は「政治性の剥奪」だったのかもしれませんが。
何時しか「目的と手段」が主従逆転してしまった、と考えます。
これは メッセージ 52796 (asia_bambaataa さん)への返信です.
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