朝貢の意味。
投稿者: inishieni 投稿日時: 2005/07/27 10:33 投稿番号: [51990 / 60270]
>『皇清職貢図』(1761)でも勝手にイギリス・オランダを
>『嘉慶法典』(1818)ではローマ法王庁も属国になってますが、
当時の中国には現代でいう貿易という言葉がなかった?証人が港に着くと必ず朝廷に報告し、中国から持ち出しの品にも物凄い制限があった。
で、中国が認めたのは公貿易だった朝貢だけ。中国にものを持ってゆく、それから中国の天子からの授かった品を持って変える。これが当時でいう朝貢だったし、周辺国はそれを狙って中国との朝貢に執着する。朝貢の傍らでは変則的に私貿易も行われたので、朝貢の権利は莫大な利益を生む権利だった。
秀吉も実は中国との貿易を目的に朝鮮を侵略したという説もある。
中国との関係の強かった琉球さえ、2年に一度だけの朝貢しか許せなかったものなので、相手が朝貢すると言ってそれを受入れる体制じゃなかったことを理解する必要がある。
なにせ、大明会典によれば倭は10年に一度しか朝貢が許せなかったんだからね。
朝貢を上納だと勘違いする日本人が存在するというのは、朝貢の権利が倭人には許されなかったことを怨んだ一種の歪曲・捏造だと理解して良いだろう。
>国王が中国の使者を迎えに門まで出迎えるんですから。
その門まで出たときもあったけど、来るたびにそうだったかのように言うのは、日本人の捏造癖のせいだと思います。前回金大中大統領の北朝鮮訪問時、金正日委員長が空港まで出迎えしていた。貴賓が訪ねて来る時は門まで出て迎えるのは朝鮮の長い歴史。
これは メッセージ 51966 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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