港湾
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2005/06/27 11:44 投稿番号: [50002 / 60270]
港湾
朝鮮に於ける交通貿易の発達に伴い港湾を修築して海陸連絡の便を図り、併せて税関を整備して関税行政の敏活を期せんが為、旧韓国政府時代既に総額四百万円を以て釜山、仁川、鎮南浦、平壌、元山、新義州、群山、木浦、清津、城津及馬山の十一港湾に、夫々応急の施設を行い、総督府設置以来仁川、釜山、鎮南浦、元山等の主要港湾に対しては、更に相当大規模の企画の下に改修に著てしました。即ち左に其概略を述べます。
イ、釜山
釜山築港工事は第一期計画に於て、鉄道桟橋二個の築造、海岸荷揚場の整備、海底の浚渫を行いましたが、第一桟橋は明治四十五年に完成し、南側には三千噸乃至四千噸の汽船二隻を同時に繋留することを得、北側突堤の上には鮮満急行列車を引込みて船車連絡の便を開き、第二桟橋は其北方に第一桟橋と併行して築造し七千噸乃至二万噸の汽船二隻ずつ同時に四隻を片側に繋留することを得るようになりましたが、尚時勢の進歩に伴い、更に其大拡張を要しますに依り第二期計画を立てて大正八年度以降十一ケ年の継続事業として工費約九百十八万円を以て其工事を現に施行しつつあります
ロ
仁川
仁川港は京城に接近せる港湾でありまして枢要の地位を占めて居ります。然れども潮汐干満の差三十三尺に及び、繋船及荷物の揚卸に不便を感ずること少からざるが故に、閘門式船渠を築造して、四千五百噸級の汽船三隻を同時に繋留することを得しむこととし、大正七年十月に其の工事を竣え、目下盛んに利用せられつつあります。
ハ
鎮南浦
明治四十四年度より大正三年度に至る三ケ年継続事業として、開渠式船渠築造の工事を起し今や三千噸級以下の船舶二隻を繋留することができるようになって居ります。
ニ元山
大正四年度より同十三年度に至る継続事業として予算三百四十九万余円を以て目下築港工事を施行しつつあります。此仕事は三千噸級の汽船二隻を繋留する繋船壁の築造、錨地の浚渫防波堤の築造が本体とせられて居ります。
これは メッセージ 49928 (inishieni さん)への返信です.
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