>1910年時の極東情勢
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/05/27 00:02 投稿番号: [4948 / 60270]
日露戦争まえからアメリカでは日本移民排斥運動はあったが、日露戦争後はこれが激化した。山本御兵衛海軍大臣と東郷平八郎連合艦隊司令長官が天皇に日本海海戦の勝利を報告に参内した帰りに、山本が、東郷さんこれからは日本の敵はアメリカですぞ、アメリカがきっと大平洋に出てきますぞ、といった。日本の潜在敵アメリカの出現。
確かに極東では戦後は日本とロシアは今悔いっているように見える(朝鮮半島で日本が有利なのはあたりまえ。そこだけ見ていてはだめ。)日本とロシアは1910年のアメリカ、イギリス、フランス、ドイツの対清国借款団計画を一緒になってつぶした。
1912年の第四次日露をロシアが結んだのもは国内の革命派とりしまりのため日本と事をおこしたくなかったから。双方にとって仮想敵であったことは間違いない。特に日本の陸軍にとっては日米開戦までソ連が仮想敵。
その理由で(つまり軍事的理由が主で)朝鮮半島を兵站基地、防御線賭しての役割として併合したのなら何故日本はロシアがポーランドに対して行ったような愚民化、奴隷化政策を採らなかったのか、という疑問が湧く。
比較する能力があるのなら、日本が朝鮮人に対して行ったことと、西欧列強がアジアの植民地の人間に対して行ったことの比較をしてもらいた。西欧がいかに現地人を牛馬か化犬猫くらいにしか見ていなかったかの例は百万とあるだろう。犬猫であれば教育はする必要はない事になる。ご主人様のいうことをきくだけの動物にすればよいのだから。ポーランド人も日露戦争では前線でロシア兵の弾よけに実際に使われた。
これは メッセージ 4895 (_Lupin_The_Fourth_ さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffckdca4o2bf8na1a2hbfbeja47a4ja4a4a4na4aba1a9_1/4948.html