ところで
投稿者: tuka_chan 投稿日時: 2001/01/17 03:28 投稿番号: [452 / 60270]
白将軍の自伝のよりも君の主張の
「当時、満州地方に駐屯していた関東軍の司令部は、ロシアが日本の降伏を受けに満州に進入したら、その場で降伏せずに、わざと半島の北部まで南進した。兵力も武器もない関東軍が抗戦するためだった訳じゃなく、理由があったのだ。ロシアの軍隊を誘引、半島に進入させ、アメリカを刺激するのだ。共産圏の拡散を防ぐため、当然、アメリカ軍も半島南部に次いで進入した。日本猿たちの計画なのだ。要するに半島に米・ソ軍を進入させ、国を二つに分けて南北を喧嘩させ、日本の安全を図ったのだ。」
の方がまともだという根拠が分からないんだけど。
米ソの協定ができていなかったのなら38度線の分断はすごく不自然だよ。
なぜソ連はソウルを占領しなかったの?アメリカの韓国進駐は9月からでその前に日本は降伏していたのだから、ソ連がソウルを占領しようと思えばできたでしょう。なぜソ連はそれをしなかったの?
ソ連はアメリカとの戦争を恐れていた?それならなぜアメリカは平壌を確保しておかなかったの?ソ連が平壌に進出したのは8月24日だよ。日本は降伏していたし沖縄はアメリカが占領していたんだ。海兵隊でも派遣しておけば平壌を確保できたでしょう。なぜアメリカはそれをしなかったの?
更に不自然なのは開城。ソ連がソウルを占領するのは問題が大きくなるのを恐れたと仮定しても、38度線からは目と鼻の先で地理的にソ連が占領していても不自然じゃ無いのに(実際今は北側だし)、ソ連は開城を占領しなかったんだよ。不自然だとは思わない?
米ソが38度線の分断に同意していたのでなければ、上の状況は説明できないと思うけど。
それから君の主張の「関東軍の策略」がもし正しいとしたら、米ソは関東軍(大本営でもいいけど)の策略にはめられたことになるね。そしてその後は「関東軍の策略」どおりに歴史は推移していくことになる。君の主張が正しければ関東軍の司令部は米ソを手玉に取って国策を実施した、ものすごい優秀な司令部ということになるよ。さすがにこれは無いんじゃないの。本気でそう思っているとしたら関東軍のことを買いかぶりすぎだよ。
私は「(大戦末期の)関東軍は米ソを手玉に取るほど優秀じゃない」と思うから、君の「関東軍の策略」という主張は間違っていると思うよ。
これは メッセージ 439 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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