ルパン君の歴史的無知
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/05/19 15:44 投稿番号: [4480 / 60270]
>日本は、自分を殺しに来るロシアに対抗するために、韓国を盾にしたと表現することができないでもないと思います。
いつ日本が朝鮮と朝鮮人を当時盾にしたのだい。まあ、軍隊の通り道として少し利用したことはあったけど。日露戦争で朝鮮人が巻き添えになって死んだかい。巻き添えになったのは満州人だよ。このことは司馬遼太郎も書いているね。「大迷惑なことには、日露両国の戦争のせいで砲弾が頭上を飛び交い・・満州人たちはテーブルのしたにあたまをかかえて逃げ込み・・・」みたいな表現があったかな。正確には覚えてないが。
まさに日本はロシア軍と直接的に対決したのだよ。そのロシア軍の中には30パーセント以上のポーランド兵がおり、ロシア軍の盾・弾よけとして使われたけどな。ロシアの属国となったポーランドの悲劇。
ついでに言うと、日本で「ポーランド懐古」という歌が作られて、はやり始めたのは明治26年・1893年で、日清戦争の一年まえだよ。そのころから日本は、ロシアがやがてはきっと満州、朝鮮にやってくる、その次は日本だとおもっていたね。
「さびしきしき里にいでたれば
ここはいずことたずねしに
きくもあわれやそのむかし
亡ぼされたるポーランド」
そのポーランド人はロシア軍の弾よけにされたけど、大東亜戦争で日本軍は半島出身者を日本軍の弾よけに使ったかね。
ついでにゆうと、ロシア軍に虐殺されアムール河に投げ込まれた数千人の満人を悼んだ「アムール河の流血や」という歌ができたのは1901年。日露戦争の3年前。
これは メッセージ 4473 (_Lupin_The_Fourth_ さん)への返信です.
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