再びchavitalさんへ。
投稿者: _Lupin_The_Fourth_ 投稿日時: 2001/05/17 22:31 投稿番号: [4359 / 60270]
競争を「善意の競争」と「善意でない競争」とに区別できるのでしょうか?
区別するとすれば何を理由に区別するのでしょう。目的でしょうか、負かした相手の状態でしょうか。
例えば受験なら自分が合格することを目的に、恋愛なら恋人を得ることが目的に、戦争なら自国の主張を実現させることが目的となるでしょう。これらの中で、何が善意あり、善意でないなど、断定することは可能なのでしょうか。
負かした相手の状態で善意であるか善意でないか区別できるでしょうか?受験なら負かした相手は志望校に入学できないという状態に、恋愛なら負かした相手から恋人を奪う状態に、局所的な戦闘なら負かした相手を負傷あるいは絶命した状態にさせます。これらの中で、ある特定の状態をのみ善意と名付けることは可能でしょうか。
戦闘のみを他の競争から区別することは可能でしょうが、おそらくその区別に「善意」という語句を用いるのは適当ではないと考えます。あらゆる競争は、必ず敗者を生み出すという意味において残酷であるという共通性を持ち合わせています。戦闘を他の競争から区別できるとすればただ一つ、それは「負かした相手を絶命させる可能性がある」という特殊性のみなのではないでしょうか。
志望校に入学できないという不幸、恋人を奪われるという不幸は他人に追わせてでも自分が幸せになるべきだと考えるのに、相手を絶命させるという不幸についてだけは、自分が負ってでも他人には負わせたくないと考えるのはなぜでしょう。
それは、「命とはそれだけ大事なものだから」なのでしょうか?
では自分の命は?他人の命は自分の命より大事なものなのでしょうか?
また、「志望校に入学できるかということや、恋人をつくるということは、大事なことではない」のでしょうか?
(chavitalさん、私はあなたにまったく悪意は持っていません。ただ、この問題に関して自分の思うところを正直に語っているだけです。どうか誤解されませんように。)
これは メッセージ 4356 (chavital さん)への返信です.
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