横から追加させてください
投稿者: tmakuma 投稿日時: 2005/01/07 20:15 投稿番号: [41227 / 60270]
多分イニシエニ君には日本の政治形態が理解できないので
小官のわかる範囲にて説明したく思います。
基本的に日本の政治は天皇を中心とした国家形態で、モデルとして隋や唐の官職・制度などを学んで日本独自のものを編み出していきました。
国家元首としての天皇が政務を取る形をとっておりましたが、
現代で言えば首相の地位となる摂政や関白等がでてきます。
平安時代の終盤から武家の台頭が目立ち
源頼朝が日本で初めての幕府を開きます。
ここで初めて
国家元首:天皇
首相:征夷大将軍
となり、内閣は幕府の要職がそのまま当てはまります。
元寇の頃は将軍家もお飾りとなって実権は
官房長官とも言える地位にあった執権が持っていました。
元からの国書に対応したのは鎌倉幕府(の執権)ですが、最終決済は天皇ならびに都の関白らに回され、その結果幕府が
国防を担ったものです。
完全な幕藩体制となる徳川幕府の場合も基本的なところは同じです。
元首:天皇
首相:征夷大将軍たる徳川家
それでホンキィさんが書かれた様に
将軍を決めるのは天皇にあって、
勅使が江戸へ下向し、将軍に任命する事を認めていた訳です。
これは現在でも同様のことが天皇の国事行為としてあります
内閣総理大臣は天皇の認証が必要ですが
あくまでも形式的なものです。
(こんなことぐらい判るよね)
イニシエニ君には
征夷大将軍と言えば軍司令官ぐらいにしか取れないのかもしれないが
日本では、内政、外交、軍事をつかさどる官位となったのですよ。
なので・・・
>内大臣 兼 征夷大将軍 兼 右近衛大将
となる訳です
今風にすれば・・・
辞令書
源朝臣徳川家康
右の者を正二位に昇任させる。
辞令書
源朝臣徳川家康
右の者を征夷大将軍に任ずる。
関白職・太政大臣の兼務を命ずる。
となる。
これによって日本国の一切を徳川将軍家が担っていたわけ
これは メッセージ 41191 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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