>>願請書
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/01/07 14:16 投稿番号: [41191 / 60270]
>いや懇請書のことです。願請書は誤記です。失礼。
別にいいよ。
いずれにせよ、それが間違いである事はワタシも他の方も当時の原文を抜粋して説明したから。
>天皇を京都に監禁していたのは、朝鮮国王じゃなく君らの倭人でした。天皇を監禁して(殺しはしなかったけど)天下を取っていて、自ら倭の代表だと名乗ったのが幕府ではなかったのか。またその幕府に倭の全国は従ったし。
それはある意味正しいよ。(「君らの倭人」という日本語が意味不明。「君ら倭人」なのか、「倭人」なのか、まあいいけどね。w)
しかし、「幕府」は、京都から「勅使」が来て、「勅件人選為征夷大将軍者」「叙正二位」と、文書で「宣下」していたのだけどねえ。(笑)
まあ、いずれにせよ、ここの議論とは無関係だね。
「内大臣 兼 征夷大将軍 兼 右近衛大将」を、朝鮮から「国王殿下」と呼んでいたのだから。
>王じゃない人がまるで王気取って他国に国書を偽造して送ったってことになるんですね。
キミ、ワタシの書いた事を歪曲しないでおくれ。
「王」とは名乗っていないと、さっき書いたが?
なお、李氏朝鮮で書かれた『海東諸国記』(申叔舟著)を読んでごらん。「日本には天皇がいて、その下に王がいる」と、ちゃんと認識しているぞ。著者は外交官だ。知っているだろう?
ただ一度、汚点があった。キミも知っているかも知れないが、取次ぎ役の対馬藩が、勝手に幕府から朝鮮宛の国書の「日本国 源某」の「国」と「源」の間に勝手に「王」という文字を入れた事があった。
これは明らかに国書改竄であり、幕府は対馬藩を譴責したな。
結論。幕府の征夷大将軍からは「王」とは名乗っていない。(八代の徳川吉宗は「日本国関白 源吉宗」と名乗った。)
国書の現物は、そっちでも博物館で見られるだろう?
>>秀吉の朝鮮出兵で、日本の和平交渉相手がいつも明朝だったのは、なぜだい?
>中華秩序を理解するまでこの論議は意味がないと思います。
了解。
中華体制下で、対日和平の際の外交を、「中華」の明人の沈惟敬が親裁したことを認めるわけだね。
これは メッセージ 41182 (inishieni さん)への返信です.
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