不思議なこと〜
投稿者: bakajaps 投稿日時: 2004/04/26 19:11 投稿番号: [35600 / 60270]
僕は、日本はアジアでも本当にユニークな国だと思っている。仏教の影響や中国の影響なども強く受けたにも関わらず、古代の伝統をそのまま守っているし、(特に天皇制が未だに存続するのは、とても意味深く、大事にするべきものだと思う)
古代の伝統を未だに守っている国は、恐らく日本・ローマカトリックくらいではないかと。しかも日本の伝統は中国という巨大な文明の前で生き残ったものだから更に意味深い。
東アジアで本当に何があったのかを探る中で古代日本の伝統はその手がかりになると思う。
この間天皇陛下は
「朝鮮半島にゆかりを感じる」
と述べられたのが、天皇家のルーツを探るのは朝鮮半島と列島との関係を明らかにするキーになると思う。
日本は確かに朝鮮に進出していた歴史を持っているのか、それとも古代日本は朝鮮民族が建国した国だったのか、などなど。
古代の朝鮮、つまり百済、高句麗、新羅は日本に与えた影響があまりも大きすぎる。この間もチラッと君らに教えたのだが、王仁の来日まで日本では文字がなかったという事は、正直僕には納得行かない。中国人も日本にきっと流れていただろうし(潮流をみたらあり得る話だ)、列島人自らも大陸・半島の文物を取り入れただろう。しかし、日本書紀には王仁の記録を詳しく残している。
なぜ百済人なのか。なぜ百済人じゃなかったら駄目だったのかを。
僕は日本書紀にもある記録に注目する。
擔魯を淡路に変えたというところだ。
擔魯も淡路も同じくタンロと読められる。淡路は今は「アワジ」と呼ばれるが、古代にはどうだったんだろ!
擔魯は間違いなく、百済の行政区域の名称。
不思議だよな。なんでアワジは擔魯だったのかが、、、
これは メッセージ 1 (you_beaut さん)への返信です.
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