>>福沢
投稿者: bakajaps 投稿日時: 2004/04/20 18:34 投稿番号: [35331 / 60270]
>冷静に呼んでみても、「独立新聞は福沢の業績ではない」と言う証拠になり得ないと思うが?
徐載ピルは東京の軍事学校で一年間修学する。その間、若い朝鮮人青年を福沢は扇動し、その結果朝鮮では甲申政変が起きる。この政変の結果徐載ピルは日本経由でアメリカに亡命する。福沢などが失敗した朝鮮人の若い革命家達をどれだけ冷たく待遇したのかは、言うまでもない。結果的には日本からアメリカへとより広くより進んだ社会を体験する結果となるのだが。
福沢が朝鮮の近代化にそれだけ強い思いがあって、ハングル普及に興味があったとしたら、徐載ピルらがアメリカへ亡命する10年間福沢は朝鮮内でなにをしたんだろ!独立新聞は福沢の業績?、、漢城旬報と独立新聞の間には10年の差があるし、独立新聞は若いうち(20歳)の時、福沢に煽られ、命の危機まで追い詰められ、アメリカへ亡命、アメリカで日本とは比べられないほどの進んだ近代教育を受け、近代思想そのものを身をもって体験した人達の業績である。
独立新聞は福沢の業績にだって
君らの右翼はなんでもかんでもとり合えず捏造してみよう主義には呆れる。
徐載ピルらの留守だった10年間福沢は何をした?
>洋学の振興と新聞発行の技術が、何故新聞発刊の為の予備知識になるのか?
まず、東京での修業は陸軍学校での一年間の修学であって、福沢の門下で勉強をしたわけではない。よって、福沢に影響をとれだけ受けたのかを明らかにするのは無理。後ほど甲申政変に参加したから、これは福沢の扇動から始まった政変だから、影響はあったんだろうと推測する根拠とはなるが、福沢と徐博士の関係を究明するものとはみれない。
>>2)独立新聞は福沢の影響だろうかそれともアメリカで10年滞在し、さらにワシントン大学で自ら経験し、学んだ事を背景にしてるのか?
>で、どっちなんだ?憶測の粋を出ない。
俺は否定したくないのは、福沢はなんだかんだ言っても西洋の近代思想を日本中に広めた人物の一人だ。だから、福沢より彼のもった近代思想を否定したくないから、若干の余裕を残したのだ。しかし、福沢も所詮は島内での存在で、しかも当時の日本はまだ三流国家に過ぎなかった。アメリカに留学し、更に博士号まで取得する徐博士にとって福沢も東洋の三流国家の近代思想家に過ぎない。よって近代国家のシステムを理解していた徐博士は福沢などはもう眼中になかっただろ。
福沢と徐博士との関係は僅か1年足らずの関係で終わる。しかも福沢の無理な欲が彼らを危機に陥らせる。ま、これはある意味ではアメリカ亡命のきっかけとなるが、以降の福沢の姿勢の変更、徐博士の発展などで、福沢と徐博士が絶えず連絡をとっていて、福沢が徐博士に絶えず影響をしていたという証拠はどこにもない。
徐博士にとって福沢は東洋の三流国家の思想家に過ぎない存在だった。
なのに、君らは独立新聞は福沢の業績だと言い張る。捏造も嘘も君らの憶測には両手上げ。
>福沢の業績であるとも言えるし、無いとも言えるな。
この理屈は「明治維新は朝鮮王朝の影響だ」君らがそうじゃないと明らかにするまでと同じだよ。だって、幕府を捨てて王朝に戻ったから、王朝は当時の朝鮮の政体だったしな。朝鮮王朝の政体をみて日本では明治維新が起きただよな。全く同じ理屈で。
徐載ピルは東京の軍事学校で一年間修学する。その間、若い朝鮮人青年を福沢は扇動し、その結果朝鮮では甲申政変が起きる。この政変の結果徐載ピルは日本経由でアメリカに亡命する。福沢などが失敗した朝鮮人の若い革命家達をどれだけ冷たく待遇したのかは、言うまでもない。結果的には日本からアメリカへとより広くより進んだ社会を体験する結果となるのだが。
福沢が朝鮮の近代化にそれだけ強い思いがあって、ハングル普及に興味があったとしたら、徐載ピルらがアメリカへ亡命する10年間福沢は朝鮮内でなにをしたんだろ!独立新聞は福沢の業績?、、漢城旬報と独立新聞の間には10年の差があるし、独立新聞は若いうち(20歳)の時、福沢に煽られ、命の危機まで追い詰められ、アメリカへ亡命、アメリカで日本とは比べられないほどの進んだ近代教育を受け、近代思想そのものを身をもって体験した人達の業績である。
独立新聞は福沢の業績にだって
君らの右翼はなんでもかんでもとり合えず捏造してみよう主義には呆れる。
徐載ピルらの留守だった10年間福沢は何をした?
>洋学の振興と新聞発行の技術が、何故新聞発刊の為の予備知識になるのか?
まず、東京での修業は陸軍学校での一年間の修学であって、福沢の門下で勉強をしたわけではない。よって、福沢に影響をとれだけ受けたのかを明らかにするのは無理。後ほど甲申政変に参加したから、これは福沢の扇動から始まった政変だから、影響はあったんだろうと推測する根拠とはなるが、福沢と徐博士の関係を究明するものとはみれない。
>>2)独立新聞は福沢の影響だろうかそれともアメリカで10年滞在し、さらにワシントン大学で自ら経験し、学んだ事を背景にしてるのか?
>で、どっちなんだ?憶測の粋を出ない。
俺は否定したくないのは、福沢はなんだかんだ言っても西洋の近代思想を日本中に広めた人物の一人だ。だから、福沢より彼のもった近代思想を否定したくないから、若干の余裕を残したのだ。しかし、福沢も所詮は島内での存在で、しかも当時の日本はまだ三流国家に過ぎなかった。アメリカに留学し、更に博士号まで取得する徐博士にとって福沢も東洋の三流国家の近代思想家に過ぎない。よって近代国家のシステムを理解していた徐博士は福沢などはもう眼中になかっただろ。
福沢と徐博士との関係は僅か1年足らずの関係で終わる。しかも福沢の無理な欲が彼らを危機に陥らせる。ま、これはある意味ではアメリカ亡命のきっかけとなるが、以降の福沢の姿勢の変更、徐博士の発展などで、福沢と徐博士が絶えず連絡をとっていて、福沢が徐博士に絶えず影響をしていたという証拠はどこにもない。
徐博士にとって福沢は東洋の三流国家の思想家に過ぎない存在だった。
なのに、君らは独立新聞は福沢の業績だと言い張る。捏造も嘘も君らの憶測には両手上げ。
>福沢の業績であるとも言えるし、無いとも言えるな。
この理屈は「明治維新は朝鮮王朝の影響だ」君らがそうじゃないと明らかにするまでと同じだよ。だって、幕府を捨てて王朝に戻ったから、王朝は当時の朝鮮の政体だったしな。朝鮮王朝の政体をみて日本では明治維新が起きただよな。全く同じ理屈で。
これは メッセージ 35327 (imperial_nippon さん)への返信です.