日本は何故、反省しないのか?

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アジアの開放2

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2003/03/03 09:09 投稿番号: [30798 / 60270]
そして、ついにボースは、彼の到着を待つ1万5千名のインド国民軍兵士の前に姿を現します。1943(昭和18)年7月5日のことでした。

この日、彼はインド国民軍兵士たちに向かって、2時間近くにおよぶ大演説をおこないました。「同志諸君!兵士諸君!諸君の合言葉は『デリーへ!デリーへ!』である。われわれの任務は、イギリス帝国最後の墓場、古都デリーのラール・キラに入城式をおこなう日までは終わらないのである。…われわれはこれより、デリーに向かって進軍する。チェロ・デリー!(征け、デリーへ!)チェロ・デリー!(征け、デリーへ!)」

ボースがこう叫んだとき、国民軍兵士ばかりでなく、この演説を見に来ていた、2万のインド民衆も、声をそろえて「チェロ・デリー!チェロ・デリー!」と唱和し、その場の熱狂は最高潮に達しました。

この翌月、8月1日には日本によって、ビルマが独立を達成し、バー・モウが首相に就任しました。(詳しくはビルマ編を参照。)ボースはこの独立祝典に出席し、同じくイギリスの圧政に苦しめられていたビルマ民衆の万歳の声を聞き、日本が独立の約束を果たしたことに感銘を受けました。イギリスはインドと交わした約束を何度も破ってきたからです。第一次大戦の時にも、インドに自治を許すという餌をまいて、イギリスへの戦争協力を強いておきながら、まったく果たされませんでした。その苦い経験を振り返りつつ、眼前で歓呼するビルマ民衆の姿に、ボースは近い将来のインド民衆の姿を重ね合わせていました。

ところが、このときすでに日本軍は、勢いを盛り返してきた連合軍の猛反攻に遭い、ガダルカナルからの撤退を余儀なくされるなど、戦局に不安の影が差し始めていました。

しかし、ボースはインド国民軍の司令官に就任すると同時に、自由インド仮政府の主席となり、独立政府を組織します。そして、ただちにイギリス・アメリカに宣戦を布告したのです。
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