>>日本天皇は韓国人だ!!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/26 11:04 投稿番号: [30724 / 60270]
確かに皇室渡来説はありますが、いま仮にそうだとしても1800年以上前、つまりまだ日本に統一国家も無い頃です。
1800年近く前と言えば「魏志倭人伝」の邪馬台国時代ですが、その当時の倭人の風俗(刺青や身体に赤い顔料を塗る事、貫頭衣、神殿のタカツキや柏手)や、邪馬台国の官職名「ミマカキ」「イキマ」「ミミナリ」、そして女王名「卑弥呼(ヒメミコ?)」や狗奴国の男王「卑弥狗呼(ヒコミコの聞き間違い?)」など、その後記紀に登場する名称に酷似した名詞が頻繁に登場するからには、邪馬台国時代にはすでに半島とは違う「倭人世界」が厳然と存在していたと断ぜざるを得ません。(「ミミ」や「ヒコ」「ヒメ」はその後の天皇家の人名にも度々使われます。)
邪馬台国人は、「我々は中国の福建省あたりから来た」と魏使に対して称してはいたようですが、さて、その源流は分かりませんね。もっとも、「倭人」はどうやら中国東岸や朝鮮半島南部、日本列島西部になぜだか住みついていたらしいので、その中で移動があったのかもしれませんが、何とも言えません。)
韓国人が頻繁に言う天皇百済系説は、文書では実質検証不可能です。想像としては、騎馬民族説同様楽しくはありますね。
日本書紀が盛んに引用している「百済本紀」もすでに原本がありません。日本書紀が多分に漢籍的な粉飾がなされているのは確かですが、前述「百済本紀」の引用の仕方はむしろ真摯とも言え(例えば「百済人○○は、おそらく『百済本紀』の××と同一人物ではないだろうか」とか、「この△△という人物の名は、何と発音するのか分からない」「この人物についての詳細は不明である」という注記が几帳面に記載されています)、骨子部分に関してはあながちウソ本と決め付けられないものがあります。(もし「官撰」の史書がウソばかりというなら、それは日本以外のもウソとなりましょう。)
また、百済王家は百済滅亡後は日本にて優遇され、陸奥守などに任ぜられ、公卿の位階を得ています。
私としては、「天皇は百済系である」という内容自体に目くじらを立てはしません。「その可能性はある」と言う権利も自由もあります。
それより、そう主張する人々の背後にある意識に、何らかの意図を感じてなりません。
恐らくは、「天皇家は百済王家から別れた家。だとすると、日本は『弟』の国となる」という日本には馴染みの無い「リクツ」と言えましょうか。もっとも、古代には既に百済・加羅諸国を「西蕃」「内官家」と平気で呼んでいた日本人に、今更「そっちは『弟』の国なのだから、『兄』の国をもっと敬え」と言っても、「はて、何の事やら?」となりましょう。
しかし…どうして韓国にはこういう発想(つまり、天皇百済系説自体よりもそれを「よりどころ」にした「兄・弟」関係の構築願望)をする方が多いのでしょうか。やはり、長い間にインプットされたものなのでしょうね。(教育の成果かな。)
1800年近く前と言えば「魏志倭人伝」の邪馬台国時代ですが、その当時の倭人の風俗(刺青や身体に赤い顔料を塗る事、貫頭衣、神殿のタカツキや柏手)や、邪馬台国の官職名「ミマカキ」「イキマ」「ミミナリ」、そして女王名「卑弥呼(ヒメミコ?)」や狗奴国の男王「卑弥狗呼(ヒコミコの聞き間違い?)」など、その後記紀に登場する名称に酷似した名詞が頻繁に登場するからには、邪馬台国時代にはすでに半島とは違う「倭人世界」が厳然と存在していたと断ぜざるを得ません。(「ミミ」や「ヒコ」「ヒメ」はその後の天皇家の人名にも度々使われます。)
邪馬台国人は、「我々は中国の福建省あたりから来た」と魏使に対して称してはいたようですが、さて、その源流は分かりませんね。もっとも、「倭人」はどうやら中国東岸や朝鮮半島南部、日本列島西部になぜだか住みついていたらしいので、その中で移動があったのかもしれませんが、何とも言えません。)
韓国人が頻繁に言う天皇百済系説は、文書では実質検証不可能です。想像としては、騎馬民族説同様楽しくはありますね。
日本書紀が盛んに引用している「百済本紀」もすでに原本がありません。日本書紀が多分に漢籍的な粉飾がなされているのは確かですが、前述「百済本紀」の引用の仕方はむしろ真摯とも言え(例えば「百済人○○は、おそらく『百済本紀』の××と同一人物ではないだろうか」とか、「この△△という人物の名は、何と発音するのか分からない」「この人物についての詳細は不明である」という注記が几帳面に記載されています)、骨子部分に関してはあながちウソ本と決め付けられないものがあります。(もし「官撰」の史書がウソばかりというなら、それは日本以外のもウソとなりましょう。)
また、百済王家は百済滅亡後は日本にて優遇され、陸奥守などに任ぜられ、公卿の位階を得ています。
私としては、「天皇は百済系である」という内容自体に目くじらを立てはしません。「その可能性はある」と言う権利も自由もあります。
それより、そう主張する人々の背後にある意識に、何らかの意図を感じてなりません。
恐らくは、「天皇家は百済王家から別れた家。だとすると、日本は『弟』の国となる」という日本には馴染みの無い「リクツ」と言えましょうか。もっとも、古代には既に百済・加羅諸国を「西蕃」「内官家」と平気で呼んでいた日本人に、今更「そっちは『弟』の国なのだから、『兄』の国をもっと敬え」と言っても、「はて、何の事やら?」となりましょう。
しかし…どうして韓国にはこういう発想(つまり、天皇百済系説自体よりもそれを「よりどころ」にした「兄・弟」関係の構築願望)をする方が多いのでしょうか。やはり、長い間にインプットされたものなのでしょうね。(教育の成果かな。)
これは メッセージ 30721 (tttsjp さん)への返信です.