どんな「証拠」かと見てみれば
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/02/08 22:22 投稿番号: [29984 / 60270]
どーのこーの言っても、結局推定ばっかりですねえ。
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http://www1.sphere.ne.jp/chubu/communication/Media2.htm>
http://www.honco.net/japanese/01/page3-j.html「恐らく」とか「多分」てのも対チューゴク土下座マンセー島猿にとっては、証拠になるらしいね。推定をどれほど多く出しても、推定に過ぎないのよん。つまり、砂上の楼閣ってわけ。
「多数の書物が印刷された」なら、一つくらいは残ってるんだろけれども、一つも出て来ないのは何故かな?
1.本当は印刷されていなかった。
これは、印刷された書物一つ出せば否定できるのに、しないんだね。
2.本当に印刷されていたけど、失われた。
これは、実証出来ない限り、どこまでも推測でしかないね。
これがアリなら、何でもアリって事になり、他の国でも良いことになるね。
紙を発明したのはチューゴクだから、自動的に印刷術もチューゴクが発明したことにはならないんだなあ。
どこぞの外務省に代表されるように、中華様に土下座してマンセーしている猿奴の考え方の特徴ですが、証拠も何もナシに中華様におべっか使う島猿らしい回答ではないでしょうか。
実に簡単なことなんだけれども、チューゴクで数多く印刷された筈の書物の中から、印刷本一つでいいから出してねん。(はあと)
これは メッセージ 29973 (zuo_ai_sufu_de さん)への返信です.
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