イルクジ論理的な反論を頼むよ
投稿者: daemon_tools 投稿日時: 2002/12/11 16:07 投稿番号: [28164 / 60270]
■1.真の学問的検証とは■
長年続いた論争が、突然、ある研究でピタリと終止符を打たれて
しまう事がある。徹底した学問的な研究が、有無を言わせぬ事実と
論理の力で、様々なプロパガンダを一掃してしまう−南京事件の分野に、ついにその研究が現れたのかもしれない。東中野修道・亜細亜大学教授の「『南京虐殺』の徹底検証」である。
今回は、この著作を従来の研究と比較しつつ、真に学問的な検証と
は、どういうものかを考えてみたい。
比較対象としては、中国系米人アイリス・チャンによる"The Rape of Nanking"をとりあげよう。時あたかも、
その邦訳出版が中止となった。南京事件をテーマとした始めての本
格的な英語の著作なのだが、基本的な史実の誤りが多数あるのに、
日本語訳にあたっても、それらの修正を拒否し、さらに出版社が別
の論文集を同時刊行して補足しようとすると、日本語版そのものの
刊行を断ってきた。
なにしろ、主要人物の長勇(ちょう・いさむ)中佐を、"Taisa
Isamo"と呼んで、Taisa(大佐?)を人名の一部だと勘違いし、さ
らに勇をIsamoと読み違えている。アメリカならともかく、このよ
うな誤りをそのまま日本語訳したら、さぞ珍妙な本になったであろ
う。
■2.情報の出所も分からない五等資料■
チャンの本には、おどろおどろしい描写が次々と出てくる。たと
えば、
少なくとも、100人の男が、目をえぐり出され、耳と鼻を
そがれてから、火炙りにされた。また別の200人の中国人兵
士や市民は、裸で学校の戸や柱に縛りつけられ、zhuiziと呼ば
れる柄のついた特別な針で口やのどや、目など何百カ所も突か
れた。
ちなみに"Zhuizi"とは、"錐子"(先のとがった工具)という漢語
の中国語読みではないか、と北京在住の本講座読者から教えていた
だいた。日本兵がなぜわざわざシナの工具までどこかから
探し出して、シナ流の残虐行為を働かねばならなのか、いかにも不自然である。
しかし、この話が事実かどうか、確認しようと思っても、いつ、どこで起こった事なのか、誰が目撃して、どのように記録に残した
のか、という情報の出所がいっさい書かれていない。
歴史学研究の方法論では、資料の信頼性を6段階に分ける。一等
資料とは、ある事件が発生した時に、その場所で、当事者が残した
資料を言う。二等資料とは、当事者が、異なる時間か、場所で残し
た資料。三等資料とは、一、二等資料を基にして、編集・公表した
ものである。以上の3つを根本資料といい、歴史学研究はここまで
の資料に基づかねばならない。
四等資料とは、資料作成の時・所・作成者が定かではない記録、
五等資料とは、資料作成者がいかなる方針で調整したか分からない
資料、六等資料とは、それ以外の記録である。これらは単なる参考
資料と呼ばれ、それだけでは何の証拠にもならない。
チャンの上述のようなおぞましい記述は、その出所について、何
の記載もない四等以下の資料に過ぎない。これだけを山のように積
み重ねても、「大虐殺」の証明にはならないのである。
このような四、五等史料が飛び交っているのが「南京事件」の特
徴であるが、最近、三等以上の根本史料を駆使して、徹底的に学問的な検証を体系的に行った研究が発表された。
そのごく一端を紹介しよう。東中野教授は、山をなす南京関連の
文献から、「虐殺」説の出所をさかのぼり、その根本史料が南京大学教授で、
安全地帯国際委員会の一員だったシャール・ベイツのメモである事
をつきとめる。
長すぎるため続編へ
長年続いた論争が、突然、ある研究でピタリと終止符を打たれて
しまう事がある。徹底した学問的な研究が、有無を言わせぬ事実と
論理の力で、様々なプロパガンダを一掃してしまう−南京事件の分野に、ついにその研究が現れたのかもしれない。東中野修道・亜細亜大学教授の「『南京虐殺』の徹底検証」である。
今回は、この著作を従来の研究と比較しつつ、真に学問的な検証と
は、どういうものかを考えてみたい。
比較対象としては、中国系米人アイリス・チャンによる"The Rape of Nanking"をとりあげよう。時あたかも、
その邦訳出版が中止となった。南京事件をテーマとした始めての本
格的な英語の著作なのだが、基本的な史実の誤りが多数あるのに、
日本語訳にあたっても、それらの修正を拒否し、さらに出版社が別
の論文集を同時刊行して補足しようとすると、日本語版そのものの
刊行を断ってきた。
なにしろ、主要人物の長勇(ちょう・いさむ)中佐を、"Taisa
Isamo"と呼んで、Taisa(大佐?)を人名の一部だと勘違いし、さ
らに勇をIsamoと読み違えている。アメリカならともかく、このよ
うな誤りをそのまま日本語訳したら、さぞ珍妙な本になったであろ
う。
■2.情報の出所も分からない五等資料■
チャンの本には、おどろおどろしい描写が次々と出てくる。たと
えば、
少なくとも、100人の男が、目をえぐり出され、耳と鼻を
そがれてから、火炙りにされた。また別の200人の中国人兵
士や市民は、裸で学校の戸や柱に縛りつけられ、zhuiziと呼ば
れる柄のついた特別な針で口やのどや、目など何百カ所も突か
れた。
ちなみに"Zhuizi"とは、"錐子"(先のとがった工具)という漢語
の中国語読みではないか、と北京在住の本講座読者から教えていた
だいた。日本兵がなぜわざわざシナの工具までどこかから
探し出して、シナ流の残虐行為を働かねばならなのか、いかにも不自然である。
しかし、この話が事実かどうか、確認しようと思っても、いつ、どこで起こった事なのか、誰が目撃して、どのように記録に残した
のか、という情報の出所がいっさい書かれていない。
歴史学研究の方法論では、資料の信頼性を6段階に分ける。一等
資料とは、ある事件が発生した時に、その場所で、当事者が残した
資料を言う。二等資料とは、当事者が、異なる時間か、場所で残し
た資料。三等資料とは、一、二等資料を基にして、編集・公表した
ものである。以上の3つを根本資料といい、歴史学研究はここまで
の資料に基づかねばならない。
四等資料とは、資料作成の時・所・作成者が定かではない記録、
五等資料とは、資料作成者がいかなる方針で調整したか分からない
資料、六等資料とは、それ以外の記録である。これらは単なる参考
資料と呼ばれ、それだけでは何の証拠にもならない。
チャンの上述のようなおぞましい記述は、その出所について、何
の記載もない四等以下の資料に過ぎない。これだけを山のように積
み重ねても、「大虐殺」の証明にはならないのである。
このような四、五等史料が飛び交っているのが「南京事件」の特
徴であるが、最近、三等以上の根本史料を駆使して、徹底的に学問的な検証を体系的に行った研究が発表された。
そのごく一端を紹介しよう。東中野教授は、山をなす南京関連の
文献から、「虐殺」説の出所をさかのぼり、その根本史料が南京大学教授で、
安全地帯国際委員会の一員だったシャール・ベイツのメモである事
をつきとめる。
長すぎるため続編へ
これは メッセージ 28160 (ilkuji_99 さん)への返信です.