イルのレスは、井沢元彦氏の
投稿者: halohalopitopito 投稿日時: 2002/10/14 09:53 投稿番号: [27380 / 60270]
「日本人と韓国人の決定的な違いは、日本人が万葉仮名をカナに発展させて、『万葉集』『古事記』『古今和歌集』『源氏物語』『土佐日記』・・・といった民族の古典を次々に生み出していったのに対し、韓国人はむしろそういうものを圧殺する方向で進んだということだ。言うまでもなくそれは民族の「オリジナル」を捨てて「中国文化の完全なコピー」となることを目指したからだ。」
「かつてはクラスの中で先生の真似(コピー)をするのが優等生の条件だったのに、今ではできるだけ「独創性」を発揮するのが立派だ、ということになった。
ところが、日本人はそういう材料を豊富に持っているのに、韓国人はまったく持っていない。
これは「日本人は独創性がなく、すべて韓国のコピー」と言い続ける韓国人にとって、実に不愉快で腹立たしいことなのだ。
しかし、彼等が民族の古典を失ってしまったことは事実であり、今さらどうしようもない。
となると、韓国人は『万葉集』に対して、どんな感情を抱くか、想像がつくではないか。
「くやしい」「ねたましい」ということである。」
「そういう感情を抱いた韓国人は『万葉集』について、次の二つの態度をとる。
一つは「あんなものは大したものじゃないよ」という『万葉集』の価値を不当におとしめる主張であり、もう一つは、実はこれが曲者なのだが、「あれは韓国文化の強い影響下においてできたもので、韓国語の古典も同然なのだ」という主張である。」
(井沢元彦氏
『逆説の日本史』より)
にある通りの韓国人そのものの内容だから単純でおもしろい(笑)。
これは メッセージ 27368 (you_beaut さん)への返信です.
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