200万はどこから来たのでしょう
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/04/14 01:15 投稿番号: [2693 / 60270]
小倉貞夫氏はたしか元読売の外報部(今は国際部かな)の記者でしたかね。香港、ベトナムの研究をしている人だったと思います。
インドネシアの200万人の犠牲者はどこから来た数字なのでしょうか。全く分かりませんね。インドネシアではアメリカ軍との戦闘はおこなわれませんでしたから、戦闘で死亡するということはあり得ませんし。(ただし、東部のパプアニューギニアのそばのビアク島というところでは戦闘があり多数の日本兵が戦死してますが。直接の戦闘というとこれくらいですね)。
インドネシア国内での小規模な反乱事件はありました。ボルネオ(カリマンタン)のポンティアナック事件(これは戦後、関係者が戦犯として裁かれています)、同じボルネオのハガ事件、スマトラ・アチェのバイユ事件等ですが、犠牲者は万をこれるということなないはずです。
ビルマの泰麺鉄道の建設に送り出されたジャワ島の「ロームシャ」はかなりいたようです。ただしジャワ島外に送られた労務者(20万ー50万という推定があります)も場所はスマトラ島だったり、マラヤだったりしてますから、全部がビルマにおくられたわけではないはずです。
この200万はどう考えても分かりません。その後の独立戦争での死者を含まなければ理解できない数字です。正確な統計はとりようもないらしいのですが、独立戦争ではスワウェシ(セレベス)島だけで数十万人(最低で15万人)が殺されたといわれています。(19世紀から20世紀に書けてのアチェ戦争みたいな村落焦土作戦もやったみたいです)。
以前一度書いたはなしですが、スマトラのブキットティンギのほら穴掘りで3,000人のロームシャが殺されたなどという看板がその洞窟あとに立てられているのですが、加藤裕という元産経にいた人がしらべ(国内等の資料やインタビューも含め)、全くのでっち上げということが分かったそうです。一人も死んでいない。なのに3,000人が殺されたことになっている。(ここには私も一度行きました)。
どうして教科書がこんないい加減な数字を出すのでしょうかね。インドネシアを少しでも知っていれば全くおかしいうことが分かるはずなのに。
余談ですが、ごく最近山川出版の各国史の東南アジア史(島嶼部)を買ったのですが、現代の部分は日本がいかにわるいことをやったかしか書かれていませんね。あきれました。朝鮮史の方はどうなんでしょうか。
ベトナムの件について一言。別の方も書いていましたが、10万前後の日本兵の食料確保でなぜ200万人が餓死するのだ、日本軍がいてもいなくても起こり得た飢饉ではないか、という考えもあります。なおかつ、日本兵のなかにも餓死するものもいたとか。
これは メッセージ 2691 (bosintang さん)への返信です.
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