インドネシア新聞 ジャカルタポスト
投稿者: dobumausu 投稿日時: 2002/02/04 04:53 投稿番号: [19934 / 60270]
日本は歴史を免れる事ができるか
ジャカルタポスト「社説」8月8日
50年前広島と長崎に落ちた原爆は、その二つの都市を破壊したが日本人の傲慢さまでは破壊しなかった。
日本は「現在の日本は50年前の日本ではない」と世界に対して印象付けたがっているがアジア全土でその軍隊によってなされた虐殺行為を、日本政府は人民に隠そうと懸命になっている。
暦と言うものは神の足跡であり、誰も神の審判を逃れる事は出来ないといわれている。
日本人は聡明であり美意識が高い国民であるということは疑いようがないから日本政府が自らの民に日本の歴史の暗い部分について知らせないようにしたがっていることは信じがたい事かもしれない。
若い世代の多くの日本人は真実を知りたいと要求しているが政府の方は過去50年間ひた隠し続ける努力をしてきた。
日本政府のこういった努力は世界が広島と長崎の原爆記念行事を行うたびに特に明らかとなる。
日本政府は原爆の使用に対して非難するがそのとき、なぜアメリカが原爆を落とさざるをえなかったかについて彼らは説明しない。
8万人以上の日本人をその時亡くならせ、約同数の日本人を後遺症でその後なくならせた二つの原爆に対して日本人が恨む気持ちはわかる。
しかし、他の民族、特に太平洋戦争に巻き込まれた民族は東京にいるリーダー達が、悲劇のもう一方の側面についても考える事を望んでいる。
特にソ連軍が朝鮮半島にまで達していたと言う事実を照らしてみるときアメリカは戦争を即座に終結する強い理由があった。
もしその時アメリカが日本に侵略していたなら、原爆以上ではないにしても同じくらいの日本人が犠牲となっていただろう。
インドネシア人にとって、原爆は姿を変えた救世主のようなものであった。
第二次世界大戦中に日本人に占領された領土(東南アジアも含まれる)の何百万人と言う人々が、飢え、拷問、強制労働、その他「兄貴分」と名乗っていた日本人達の日本人達の将校達の手による残虐行為によって亡くなった。
インドネシア人は、最も苦難を追った人々に属すると言っても過言ではなかろう。
実った米は日本の皇軍に供給するため接収されたので、インドネシア人はバナナの木の根や、それまで口にしたことなかった食べ物を生き残るために食べなければならなかった。
多くの人は普段着さえも買えなかった。
何百万人が古い南京袋で作ったズボンをはかなければならなかった。
多くのインドネシア人女性は、日本軍の兵営で性的奴隷として働くよう送られた。
日本の政策に反対した何万というインドネシア人は、処刑のために焼印を押されたと報告されている。
戦後打ち明けられた日本人将校の話から西カリマンタンだけでも少なくとも2万1千人(実際にはその倍かもしれないが)の無実の人が殺されたと報告されている。
これらの残虐行為については、証拠がないためというよりはむしろインドネシアが許そうとしたり、忘れようとしているために、これまで十分に公で議論されたり、確認されたりした事は一度もなかった。
多くのインドネシア人リーダー達が日本の占領政権に協力したと言う事実も、歴史におけるこれらの側面を、戦後の比較的早い時点で曖昧模糊とさせた原因となった。
日本が皇軍による残虐行為を認めたがらないのは、もし認めると、日本の現在の意志を他の国々が疑いだすかもしれないと恐れているからかもしれない。
しかしながら、日本が過去について何も語らないと言う事は日本が一つの民族国家として、戦時中に日本兵が見せた残忍性を本当に払い落としたのか、という疑問の念を起こさせる。
ほとんどの日本人は彼らの国が軍政国家へ戻る事を望んでいないと言う事を世界は知っているのであるから、歴史上の事実を隠すことはなおさら無意味な事である。
50年前広島と長崎に落ちた原爆は、その二つの都市を破壊したが日本人の傲慢さまでは破壊しなかった。
日本は「現在の日本は50年前の日本ではない」と世界に対して印象付けたがっているがアジア全土でその軍隊によってなされた虐殺行為を、日本政府は人民に隠そうと懸命になっている。
暦と言うものは神の足跡であり、誰も神の審判を逃れる事は出来ないといわれている。
日本人は聡明であり美意識が高い国民であるということは疑いようがないから日本政府が自らの民に日本の歴史の暗い部分について知らせないようにしたがっていることは信じがたい事かもしれない。
若い世代の多くの日本人は真実を知りたいと要求しているが政府の方は過去50年間ひた隠し続ける努力をしてきた。
日本政府のこういった努力は世界が広島と長崎の原爆記念行事を行うたびに特に明らかとなる。
日本政府は原爆の使用に対して非難するがそのとき、なぜアメリカが原爆を落とさざるをえなかったかについて彼らは説明しない。
8万人以上の日本人をその時亡くならせ、約同数の日本人を後遺症でその後なくならせた二つの原爆に対して日本人が恨む気持ちはわかる。
しかし、他の民族、特に太平洋戦争に巻き込まれた民族は東京にいるリーダー達が、悲劇のもう一方の側面についても考える事を望んでいる。
特にソ連軍が朝鮮半島にまで達していたと言う事実を照らしてみるときアメリカは戦争を即座に終結する強い理由があった。
もしその時アメリカが日本に侵略していたなら、原爆以上ではないにしても同じくらいの日本人が犠牲となっていただろう。
インドネシア人にとって、原爆は姿を変えた救世主のようなものであった。
第二次世界大戦中に日本人に占領された領土(東南アジアも含まれる)の何百万人と言う人々が、飢え、拷問、強制労働、その他「兄貴分」と名乗っていた日本人達の日本人達の将校達の手による残虐行為によって亡くなった。
インドネシア人は、最も苦難を追った人々に属すると言っても過言ではなかろう。
実った米は日本の皇軍に供給するため接収されたので、インドネシア人はバナナの木の根や、それまで口にしたことなかった食べ物を生き残るために食べなければならなかった。
多くの人は普段着さえも買えなかった。
何百万人が古い南京袋で作ったズボンをはかなければならなかった。
多くのインドネシア人女性は、日本軍の兵営で性的奴隷として働くよう送られた。
日本の政策に反対した何万というインドネシア人は、処刑のために焼印を押されたと報告されている。
戦後打ち明けられた日本人将校の話から西カリマンタンだけでも少なくとも2万1千人(実際にはその倍かもしれないが)の無実の人が殺されたと報告されている。
これらの残虐行為については、証拠がないためというよりはむしろインドネシアが許そうとしたり、忘れようとしているために、これまで十分に公で議論されたり、確認されたりした事は一度もなかった。
多くのインドネシア人リーダー達が日本の占領政権に協力したと言う事実も、歴史におけるこれらの側面を、戦後の比較的早い時点で曖昧模糊とさせた原因となった。
日本が皇軍による残虐行為を認めたがらないのは、もし認めると、日本の現在の意志を他の国々が疑いだすかもしれないと恐れているからかもしれない。
しかしながら、日本が過去について何も語らないと言う事は日本が一つの民族国家として、戦時中に日本兵が見せた残忍性を本当に払い落としたのか、という疑問の念を起こさせる。
ほとんどの日本人は彼らの国が軍政国家へ戻る事を望んでいないと言う事を世界は知っているのであるから、歴史上の事実を隠すことはなおさら無意味な事である。
これは メッセージ 19933 (dobumausu さん)への返信です.