Roadster Zさんへ
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2001/11/24 00:19 投稿番号: [15431 / 60270]
以前紹介してくれた酒井氏の本はいまだ読んでませんので、頭に入れておきます。(台湾関係の書籍はそれほどたくさん読んだわけではありませんが、読んだ量は多分朝鮮関係の本よりも多い)
マジョリティーの言語を統一言語とする例は多言語国家ではよく見られることと思います。
タガログ語をベースにしたピリピノ語もそうですね。
以前南部フィリッピン出身ででたぶんビサヤン語を母語とする女性と一緒に仕事をしたことがあるのですが、彼女が小学校、中学校時代に、なぜタガログ語など勉強しなければならないのだ、と反発を感じたことがある、といってました。
タガログ語はマジョリティーの言葉ですが、そのもともとの割合は30パーセント弱だったと思います。
フィリッピンでは言語を中心にして分けたエスニックグループは70くらいだそうです。
一方、インドネシアでスカルノ等が将来の独立を目指して採用した1928年の「青年の誓い」は「ひとつの祖国インドネシア、ひとつの民族インドネシア、ひとつの言語インドネシア語」といってましたが、このときインドネシア語などというのが存在するわけではなく、当時のマレー語を将来の国語にするということで、それをインドネシア語といっただけです。
もともと今のインドネシアの領域で、マレー語を母語とする人は3パーセントほど。(このの数字については確実なことは分かりませんが、数パーセントなのは事実です)。この小さなエスニックグループの言葉を将来の国語に使用と決めたのは、大英断であり、いろいろいまくいっていないインドネシアでの数少ないうまくいったことの例でしょう。インドネシアのエスニックグループは最低250といわれています。
これには最大マジョリティーグループたるジャワ人(当時で人口の半数を超えていた)の譲歩があります。
ジャワ人が譲歩したことで、ほかの中小のマジョリティーグループからの反発が出なかったということがあります。ジャワ人が自分達の言葉を将来の国語とすることをおしつけなかったのだから、われわれもこれを受け入れようということです。
従って、多言語国家で最大の言語を国語とする必然も妥当性も政策上の利点もアプリオリとしてあるわけではないということです。
ちなみに、独立した東ティモールでこまっているのが国語問題です。
テレビを見ていてもみなインドネシア語をしゃべってますね。
国語をつくろうにも東ティモールの中でエスニックグループが数グループあるのだから、どれにするかで困ります。東ティモール語などというのがあるわけではないのです。そこで、ひとつの考えとして、宗主国たるポルトガル語を国語になどというのもあります。
これは メッセージ 15426 (Roadster_Z さん)への返信です.
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