>>そうですか
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2001/10/08 02:23 投稿番号: [11696 / 60270]
>罵倒であったり、知識の羅列であったり、一見冷静な論理であったりと
私はどれになるのかな?
私は日本が悪で朝鮮が善などと言ってませんが、
歴史でどこの国が悪でどこの国が善であるかということより、
歴史の事実を認識し、民衆の生活はどうであったか
それに対して為政者や外国はどうかかわったか、
そこから教訓としてなにを汲み取るか、歴史からなにを学ぶか
日本は幕末において朝鮮蔑視思想があり、
ロシアの南下に対しどうやって国を守るか
この点から朝鮮を支配下にすることが必要
と考え、それには中国の影響を切り離し、
それのためには朝鮮が独立国であると列強
に認めさせ、朝鮮政府が開国派と守旧派で
揺れ動き、開国の結果
金や米が日本に大量に流出し、又日本商人の金貸しなどにより、
農民の生活が困窮、農民蜂起が起き
それの鎮圧に日本や中国が駐屯
それぞれの国の商人が朝鮮の市場を荒らし
その結果朝鮮人自身の手で近代化がすすまず、
ますます国内は混乱し、農民は疲弊した。
日本は日清、日露の勝利の結果、もくろみどうり、
朝鮮を支配下におき、朝鮮人の抵抗の強さから伊藤も保護国から併合に変更
し、併合した。
そして皇民化政策という、同化政策をとり
日本の食料基地、軍需工業基地、労働力提供の場所とし、大陸進出への兵站基地とした。
日本は朝鮮人を日本人と同等ではなく
差別的に扱いこの結果、日本の支配下では
だめだと3.1独立運動がおきた。
この結果文治政策を取るが、それは朝鮮民族の抹殺をはかるものであって、
(創始改名とか日本語の強制とか行って)
朝鮮人にとっては屈辱であり、
戦争末期には徴兵回避の動きがおきるようになります。
結局列強に遅れて、同じように殖民地政策
で始まった、日本のものまねが間違いの
すべてでしょう。
根本は富国強兵政策の結果、日本人民衆が
大変貧しい状態におかれ、国内で国民に購買力がないため、
ブロック経済になると生きていく方法が無く、大陸への進出しか方法
がなかった。
つまり明治時代の富国強兵政策が最大の
間違いでしょう。
誤ったレ−ルに乗った結果途中いくら快適
でも脱線しかなかったということです。
あと日露戦争の評価ですね。
203高地などの作戦はほぼ同じ場所へ
兵をだんだん増やしながら多くの犠牲を
出しようやく占領した。
勝つには勝ったが、そこから反省がなく
その結果慢心した帝国陸軍が政治
にも乗り出し、破滅へと導いた。
大韓帝国の中立国を認めロシアと戦争回避
そして軍備縮小し国内の経済発展、生活向上と言う方法が最善だったのではと
考えます。
私はどれになるのかな?
私は日本が悪で朝鮮が善などと言ってませんが、
歴史でどこの国が悪でどこの国が善であるかということより、
歴史の事実を認識し、民衆の生活はどうであったか
それに対して為政者や外国はどうかかわったか、
そこから教訓としてなにを汲み取るか、歴史からなにを学ぶか
日本は幕末において朝鮮蔑視思想があり、
ロシアの南下に対しどうやって国を守るか
この点から朝鮮を支配下にすることが必要
と考え、それには中国の影響を切り離し、
それのためには朝鮮が独立国であると列強
に認めさせ、朝鮮政府が開国派と守旧派で
揺れ動き、開国の結果
金や米が日本に大量に流出し、又日本商人の金貸しなどにより、
農民の生活が困窮、農民蜂起が起き
それの鎮圧に日本や中国が駐屯
それぞれの国の商人が朝鮮の市場を荒らし
その結果朝鮮人自身の手で近代化がすすまず、
ますます国内は混乱し、農民は疲弊した。
日本は日清、日露の勝利の結果、もくろみどうり、
朝鮮を支配下におき、朝鮮人の抵抗の強さから伊藤も保護国から併合に変更
し、併合した。
そして皇民化政策という、同化政策をとり
日本の食料基地、軍需工業基地、労働力提供の場所とし、大陸進出への兵站基地とした。
日本は朝鮮人を日本人と同等ではなく
差別的に扱いこの結果、日本の支配下では
だめだと3.1独立運動がおきた。
この結果文治政策を取るが、それは朝鮮民族の抹殺をはかるものであって、
(創始改名とか日本語の強制とか行って)
朝鮮人にとっては屈辱であり、
戦争末期には徴兵回避の動きがおきるようになります。
結局列強に遅れて、同じように殖民地政策
で始まった、日本のものまねが間違いの
すべてでしょう。
根本は富国強兵政策の結果、日本人民衆が
大変貧しい状態におかれ、国内で国民に購買力がないため、
ブロック経済になると生きていく方法が無く、大陸への進出しか方法
がなかった。
つまり明治時代の富国強兵政策が最大の
間違いでしょう。
誤ったレ−ルに乗った結果途中いくら快適
でも脱線しかなかったということです。
あと日露戦争の評価ですね。
203高地などの作戦はほぼ同じ場所へ
兵をだんだん増やしながら多くの犠牲を
出しようやく占領した。
勝つには勝ったが、そこから反省がなく
その結果慢心した帝国陸軍が政治
にも乗り出し、破滅へと導いた。
大韓帝国の中立国を認めロシアと戦争回避
そして軍備縮小し国内の経済発展、生活向上と言う方法が最善だったのではと
考えます。
これは メッセージ 11693 (u26699 さん)への返信です.