靖国カード2
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2010/10/04 23:31 投稿番号: [964 / 2812]
小泉時代の対日関係の悪化は、日本と経済関係を深める必要性があり、国際社会にもっと認められたい中国にとっても、かなり困ったものだったはずです。しかも、対日関係悪化の理由はほとんど靖国参拝一点に絞られていました。そこに、後継者で対中強硬派として知られていた安倍氏が、関係改善の手を差しのべた形でした。
中国としては、安倍氏就任後の初訪中受け入れまでに、なんとか「靖国に行かない」という言質をとろうとあの手この手で圧力をかけたり、懇願したりしてきたようですが、これには頑として安倍氏は首を縦に振りませんでした。「いつでも行ける」というカードを保持しつつ、でも「行く」とも言わない。結局、中国は半信半疑のまま安倍氏の訪中を大歓迎するしかなかったわけですが、当時の中国の対日外交当事者たちは「安倍は手強い」「主導権を握られてしまった」と口々に言っていたと聞いています。
それによって、中国にしてみれば、安倍政権をあまり刺激するようなことをすれば、靖国に参拝されてしまう。そうなったら、安倍氏を歓迎して迎え入れた胡錦涛政権は何をやっているんだと、国内世論と反体制派の総攻撃を受ける。それは何としても避けなければいけない。となると、現在の菅政権に対して示したような対日強硬路線はもうとりようがなくなるわけです。
安倍氏が参院選に大敗し、病に倒れた後の首相は、「お友達の嫌がることはしない」(福田元首相)、「靖国のことは頭から消し去ってほしい」(鳩山前首相、胡錦涛主席との会談での発言)などと、このせっかくのカードを自分から捨て去ってしまいました。中国政府は、これほど与しやすい相手はいないと大笑いしたのではないでしょうか。
まあ、もっとも、安倍氏の「あいまい戦術」は日本国内的には極めて評判が悪く、支持基盤だった保守派の離反を招きましたし、今も非難を浴びる大きな要因となっていますから、本当に成功したとは言えません。また、本人も、9月の辞任の前には、年内(おそらく晩秋)の参拝を模索していたので、いつまでも「あいまい戦術」を続けられると考えていたわけでもなかったようです。
安倍氏が首相時代に、「当面、靖国に参拝すると言わないことにどんなメリットがあるのか」と聞いたことがあります。その際、安倍氏がもう一つ挙げた理由が、拉致問題への中国の協力取り付けでした。実際、小泉政権時代には入ってこなかった中国経由の情報がかなり寄せられていたとのことですが、これも、今も拉致問題が解決・前進していない厳然たる事実を思うと、一定の効果はあっても、残念ながらそれ以上のものではなかったかもしれません。
ともあれ、中国という「厄介な国」と付き合う際には、硬軟取り混ぜできるだけ多くのカードを用意しておくにこしたことはありません。また、相手のある外交は、表面的に単純に攻める、引くだけでなく、周到に、重層的な仕掛けを考えることも大事なんだろうと思う次第です。鳩山氏のように、「友愛の海」と言えばそれで本当にそうなると信じ込む類の人は論外として。
私は小泉政権の末期ごろ、ある雑誌に匿名で「靖国防波堤論」を書きました。靖国問題でもめているからこそ、他の日中関係の懸案である教科書問題や東シナ海のガス田問題などまで中国側の意識と手が回らない。靖国でベタ降りしたら、今度はガス田問題などでも中国は攻めてくるだろうという趣旨のことを指摘したところ、日経新聞のコラムに「最近、靖国防波堤論というのが出ているが、それは違う」と反論され、思わぬ反応があるものだと驚きました。
靖国参拝は、英霊の鎮魂・顕彰という本来の目的以外に、日中関係における重要なカードとしても利用できたのになあと、そんなことを考え、ここまで記しました。でも、もとより、首相自身はおろか閣僚の参拝すら自粛させる菅政権に、そんな戦略的発想など欠片もないことは承知しています。
眠れない夜には、恥の多い半生の思い出をはじめ、いろいろなことが頭をよぎります。さて、明日は朝昼晩、何を食べようかとか…。
中国としては、安倍氏就任後の初訪中受け入れまでに、なんとか「靖国に行かない」という言質をとろうとあの手この手で圧力をかけたり、懇願したりしてきたようですが、これには頑として安倍氏は首を縦に振りませんでした。「いつでも行ける」というカードを保持しつつ、でも「行く」とも言わない。結局、中国は半信半疑のまま安倍氏の訪中を大歓迎するしかなかったわけですが、当時の中国の対日外交当事者たちは「安倍は手強い」「主導権を握られてしまった」と口々に言っていたと聞いています。
それによって、中国にしてみれば、安倍政権をあまり刺激するようなことをすれば、靖国に参拝されてしまう。そうなったら、安倍氏を歓迎して迎え入れた胡錦涛政権は何をやっているんだと、国内世論と反体制派の総攻撃を受ける。それは何としても避けなければいけない。となると、現在の菅政権に対して示したような対日強硬路線はもうとりようがなくなるわけです。
安倍氏が参院選に大敗し、病に倒れた後の首相は、「お友達の嫌がることはしない」(福田元首相)、「靖国のことは頭から消し去ってほしい」(鳩山前首相、胡錦涛主席との会談での発言)などと、このせっかくのカードを自分から捨て去ってしまいました。中国政府は、これほど与しやすい相手はいないと大笑いしたのではないでしょうか。
まあ、もっとも、安倍氏の「あいまい戦術」は日本国内的には極めて評判が悪く、支持基盤だった保守派の離反を招きましたし、今も非難を浴びる大きな要因となっていますから、本当に成功したとは言えません。また、本人も、9月の辞任の前には、年内(おそらく晩秋)の参拝を模索していたので、いつまでも「あいまい戦術」を続けられると考えていたわけでもなかったようです。
安倍氏が首相時代に、「当面、靖国に参拝すると言わないことにどんなメリットがあるのか」と聞いたことがあります。その際、安倍氏がもう一つ挙げた理由が、拉致問題への中国の協力取り付けでした。実際、小泉政権時代には入ってこなかった中国経由の情報がかなり寄せられていたとのことですが、これも、今も拉致問題が解決・前進していない厳然たる事実を思うと、一定の効果はあっても、残念ながらそれ以上のものではなかったかもしれません。
ともあれ、中国という「厄介な国」と付き合う際には、硬軟取り混ぜできるだけ多くのカードを用意しておくにこしたことはありません。また、相手のある外交は、表面的に単純に攻める、引くだけでなく、周到に、重層的な仕掛けを考えることも大事なんだろうと思う次第です。鳩山氏のように、「友愛の海」と言えばそれで本当にそうなると信じ込む類の人は論外として。
私は小泉政権の末期ごろ、ある雑誌に匿名で「靖国防波堤論」を書きました。靖国問題でもめているからこそ、他の日中関係の懸案である教科書問題や東シナ海のガス田問題などまで中国側の意識と手が回らない。靖国でベタ降りしたら、今度はガス田問題などでも中国は攻めてくるだろうという趣旨のことを指摘したところ、日経新聞のコラムに「最近、靖国防波堤論というのが出ているが、それは違う」と反論され、思わぬ反応があるものだと驚きました。
靖国参拝は、英霊の鎮魂・顕彰という本来の目的以外に、日中関係における重要なカードとしても利用できたのになあと、そんなことを考え、ここまで記しました。でも、もとより、首相自身はおろか閣僚の参拝すら自粛させる菅政権に、そんな戦略的発想など欠片もないことは承知しています。
眠れない夜には、恥の多い半生の思い出をはじめ、いろいろなことが頭をよぎります。さて、明日は朝昼晩、何を食べようかとか…。
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