日韓歴史論争

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島津義弘

投稿者: trek022 投稿日時: 2004/02/27 15:43 投稿番号: [973 / 6952]
>関ヶ原で西軍総崩れの中、島津義弘は前方の敵中に向かって「退却」を敢行して鹿児島まで帰っています。

その島津義弘だが、関が原には西軍側として出陣しながら、形勢を観望して動かず、洞ヶ峠を決め込んだ。

洞ヶ峠を決め込むことを中国語で

>坐山観虎

というが、関が原ではこの手合いが多かった。南宮山に陣取った小早川秀秋は徳川に内奥を約束しながら、緒戦の西軍優勢を見て、また迷い動かなかった。痺れを切らした家康が威嚇射撃を加えると驚いてやっと東軍に寝返ったものである。強い方に付こうというのは日本人も同じ。

サルフの戦いにおける朝鮮軍は寝返って明軍を攻撃するほど背信行為をしたわけではない。敗北が明らかになれば降伏するのは古今東西正常な軍事行為だ。

島津の兵力は1000人ほどで動きやすかったが、関が原の強行突破で大損害を出し、無事に鹿児島に帰れたのは80人くらいだった。敵中強行突破がどれほど危険なことであるかが良くわかる。
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