日韓歴史論争

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三田渡以後

投稿者: trek022 投稿日時: 2004/02/20 16:51 投稿番号: [932 / 6952]
十数年にわたって親明政策を取り続けた仁祖はよく処刑もされず、廃位もされなかったものだと思う。ホンタイジの戦略は朝鮮を完全に屈服させて、対明戦争に専念することだけであり、朝鮮併合は全く考えていなかった。しかし、仁祖は三田渡における九叩三拝のパーフォーマンスだけで許されたのではなかった。朝鮮は毎年、莫大な貢納を清に義務付けられただけでなく、これまで仁祖と結託していた親明派高官が清に連行され、さらに仁祖の王世子と王子が人質として清都・瀋陽に送られ、8年に渡って抑留された。瀋陽で広い世界を見て、帰国した王世子は仁祖と考えが合わなくなり、仁祖の怒りを買って毒殺された。

ホンタイジは明征服を目前にして1943年に病没し、その子のフーリンが清帝に即位、ドルコンが摂政となった。翌年李自成の農民反乱軍が北京を占領して明王朝が滅亡すると、山海関守将・呉三桂が李自成討伐のため清軍を関内に導入したので、清はやすやすと北京の主となった。

仁祖は明の滅亡と清の入関を見た後、1649年に55歳で死去し、その次男が朝鮮王を継承した(孝宗)。1637年1月30日三田渡における降伏によって確定した大清属国としての朝鮮の地位は1895年日清戦争によって清が朝鮮から追い出されるまで2世紀半余りにわたって続いた。現在の韓国の歴史家は仁祖について

>国際情勢や民心の動向を十分読むことができず、富国強兵を図らなければならない時期にあまりにも王位に執着して、国家と人民を危機に陥れた。

と断じている。

ただ、中国を征服した満州民族は被支配者の漢民族によって同化され、現在満州語を話す者もほとんどなくなり、民族としての実態を喪失してしまったが、朝鮮の韓民族は日本の植民地支配や南北分裂といった歴史の激動を経験しながらも、民族としても存立は揺らぎもしていない。この辺りに韓民族のしたたかさを見る思いがする。
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