日韓歴史論争

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>CDU_CSU殿

投稿者: CDU_CSU 投稿日時: 2003/09/20 00:40 投稿番号: [746 / 6952]
  個人的には半島における稲作の研究はまだまだこれからといった感がありますが現在までの遺物の出土などから私なりの考察をしてみます。

  半島における農耕はやはり北部がはやく前1000年ごろと言われております。
  おそらくは前述の青銅器文化を持った騎馬民族が持ち込んだと思われます。
  しかし出土物のメインは稗や粟といった畑作系の穀物です。

一方半島中西部の前4〜6世紀の遺跡からは大量の炭化米と琵琶型銅剣、それに桃氏式銅剣を模したような磨製石剣が大量に出土しています。
桃氏式銅剣自体は中国・長江流域が起源と言われております。
私は桃氏式磨製石剣がカギと考えます。

結論から申し上げますと前4〜6世紀ごろ戦国時代の長江下流域は戦乱にあけくれ多くの人々が家や田畑を失った。(例えば前473年呉滅亡、呉王・夫差敗死)

  名も無い人々は難民となって船に乗り対馬海流にのって九州や半島黄海沿岸にたどりついた。
この人達が日本や半島に水田稲作を伝えた人々ではなかったのでしょうか。(日本の弥生時代開始)

  人々はそれぞれの土地に定着し水田稲作を開始した。ただ技術者がいなかったのか銅鉱山が発見できなかったのか銅剣が作れず、磨製石器で故郷の銅剣を真似たものを作った。これが桃氏式磨製石剣ではないでしょうか。

  その後半島から温暖な日本へ来た人もいたかもしれませんがほぼ同時期に水田稲作は始まったと考えられます。

余談ですが熱帯ジャポニカ種による陸稲栽培は縄文期の前4000年ごろには始まっていたようです。
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