CDU_CSU殿
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2003/09/19 11:40 投稿番号: [744 / 6952]
青銅器の伝播経路に関する考察、拝見しました。
確かにこの「アルタイ系による伝播」、確率はかなり高いと思います。
言語的な繋がりを考えても、このルート上の諸民族語はウラル・アルタイ語族に属しますし。
話は飛びますが、半島における稲作の開始時期、伝播経路は判明しているのでしょうか?
前々から疑問に感じておった事なのですが、よく半島からは「・・・稲作を日本に『伝えた』・・」と表現します。
が、歴史的に見て大陸での稲作北限は山東半島辺りが(そのやや南部か)が北限なのでは?と。
以北はかなり後代まで麦文化圏です。
稲作が大陸経由〜半島〜日本という伝播経由とは考えにくい、と。
半島の緯度は(北部など完全に)稲作北限を越しております。
(この事は、以前どこかのトピで、どなたかが仰っておられましたが、どなたか失念しました。発言されていた方、すみません)
日本への稲作伝播は恐らく江南地方から、海洋民の手によるものだと考えるのですが。
半島へも地理的・気候的に考えて、江南海洋民(或いはその分派)による、半島南部への伝播。
それが時間を経て北部へと伝播していった、と考えるのですが。
(素人考えですが)
そうすると、地形・潮流からみて日本と半島の稲作伝播はほぼ同時期に伝播したのでは?
半島から聞こえてくる内容とは異って・・・
これは メッセージ 742 (CDU_CSU さん)への返信です.
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