所詮 戦利品である
投稿者: licky_eto 投稿日時: 2003/09/09 11:53 投稿番号: [725 / 6952]
元の「新増類合」というものを見たことがないけれど
説明を見る分には
これはあくまで吉川広家が持ち帰った戦利品の一つに過ぎない
日本人はたいてい
あんなマルと棒と四角で出来た記号を読むことは出来ないから
読める人間にルビを振ってもらうのは当然
映画の字幕みたいなものでしょう?
これを元にして
文化人なりが本を著したとして
さてそれが模倣の教科書といえるのか?
日本の実例にあわない
李朝の教科書(だとして)が
日本に馴染むわけがない
だからその存在を忘れられ
今頃になって出てくるのだろう
日本は韓国のような「パクリ国家」と違って「カスタムコピー」の国だから
「新増類合」がカスタムされて「千字類合」になっていったのだ
と思ったら
おもしろいかもしれない(笑)
そういえば
貝原益軒と言えば
高校時代の共産主義教師に異常に人気があったが
なんでだろう(笑)
これは メッセージ 722 (vqjgwqp さん)への返信です.
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