「壬辰倭乱」を「壬辰戦争」に
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2011/09/29 01:58 投稿番号: [6524 / 6952]
2011/9/25
中央日報
「壬辰倭乱」を「壬辰戦争」に、来年から高校教科書で
来年から高等学校で「壬辰倭乱」(イムジンウェラン、文禄慶長の役)を「壬辰戦争」とで教えることになる。来年高校の正規科目として新設される「東アジア史」科目でだ。「朝鮮と日本、明が7年間戦争を行い、その結果明が衰亡して清が中国大陸を占めるなど東アジアの構造変化を起こした歴史的事実」を表現する学術用語で「倭乱」という用語は不適切だという歴史学界の問題提起が反映されたものだ。
こうした内容を盛り込んだ「東アジア史」の教科書は教学社とチョンジェ教育出版社が製作した2種類だ。2種類とも国史編纂委員会と東北アジア歴史財団の教科書検定で合格判定を受けた。2つの教科書は丙子胡乱(ピョンジャホラン)・丁卯胡乱(チョンミョホラン)もそれぞれ丙子戦争・丁卯戦争と用語を変えて記述した。
「壬辰倭乱という名称を壬辰戦争に変えなければならない」という主張は以前から学界で提起されていた。「倭乱」という表現は「倭人」(日本人)が起こした乱という意味で、「東アジア3カ国が戦った国際戦争の性格を表現できない」という理由からだ。当時世界的に最も規模が大きかった戦争という点を強調して「7年戦争」という用語を一緒に使ってきた学者もいる。それでも教科書にどのように記述するか本格議論されないでいたものを今回の教科書執筆陣が「壬辰戦争」と記述したのだ。一部執筆者は「東アジア大戦という用語が妥当だ」という主張を提起したという。
教学社が作った教科書の執筆代表者のソン・スンチョル江原(カンウォン)大学教授は、「壬辰倭乱や丙子胡乱という用語は被害者の敵対感が込められた用語で、朝鮮王朝実録でそのように記述されたのが固定されていたもの」と話した。また、「壬辰倭乱は韓国の立場が強く込められた用語で、韓国史ではなく東アジア史を編纂しながら自国中心的用語に固執することはできなかった。学術的見地から壬辰戦争と変えて呼ぶからと日本が韓半島を侵略した事実が変わるものではない」と述べた。チョンジェ教育出版本の執筆者代表のアン・ビョンウ韓神(ハンシン)大学教授は、「倭寇が開港場で動乱を起こした事件を意味する三浦(サンポ)倭乱には適切な表現かもしれないが、7年壬辰戦争にも倭乱という用語を使うのは学術的に適切な用語ではない」と説明した。
2つの教科書は「17世紀前後の東アジアの戦争」という単元に8〜10ページずつ割愛しこのような表現を使った。チョンジェ教育の教科書では本文の最初に「壬辰戦争(壬辰倭乱)」と併記し、繰り返される部分では「壬辰戦争」という表記だけを使った。教学社の教科書は本文とは別に「壬辰戦争を指す名前の違い」という項目を別に作り、「壬辰戦争を指す多様な名称に現れた3カ国の歴史認識の違いを考えてみよう」という課題を学生たちに提示した。日本では当時の年号を取って「文禄慶長の役」、中国では「抗倭援朝戦争」と呼ぶ。
しかし、来年から高校の必修科目になる韓国史の教科書では依然として壬辰倭乱と記述され、教育現場で用語の混乱が生じかねないという指摘も出る。ソン教授とアン教授は、「今後、学界議論を経てこうした問題点を整理する必要がある」と話した。また、これまで使ってきた用語を変更することにともなう反論が提起される可能性もある。
韓国史教科書を執筆したハン・チョルホ東国(トングク)大学教授は、「個人的には歴史的実体により近づいた表現と考え、大きな無理はないとみている」としながらも、「ただし民族主義的指向が強い保守団体などがどのような反応を見せるかは予想できない」と話した。
東アジア科目の新設は歴史教育を強化しようという教育科学技術部の方針により2006年に決定されたもので、来年から高校では世界史と東アジア史のうちどちらかを選択して教えなければならない。ある出版社関係者は、「標本調査の結果、東アジア史の科目選択に関する反応が好意的。全国50万人の高校生のうち20万人が東アジア史を習うことになると予想される」と話した。
(1)ttp://japanese.joins.com/article/049/144049.html?servcode=400§code=400
(2)ttp://japanese.joins.com/article/050/144050.html?servcode=400
「壬辰倭乱」を「壬辰戦争」に、来年から高校教科書で
来年から高等学校で「壬辰倭乱」(イムジンウェラン、文禄慶長の役)を「壬辰戦争」とで教えることになる。来年高校の正規科目として新設される「東アジア史」科目でだ。「朝鮮と日本、明が7年間戦争を行い、その結果明が衰亡して清が中国大陸を占めるなど東アジアの構造変化を起こした歴史的事実」を表現する学術用語で「倭乱」という用語は不適切だという歴史学界の問題提起が反映されたものだ。
こうした内容を盛り込んだ「東アジア史」の教科書は教学社とチョンジェ教育出版社が製作した2種類だ。2種類とも国史編纂委員会と東北アジア歴史財団の教科書検定で合格判定を受けた。2つの教科書は丙子胡乱(ピョンジャホラン)・丁卯胡乱(チョンミョホラン)もそれぞれ丙子戦争・丁卯戦争と用語を変えて記述した。
「壬辰倭乱という名称を壬辰戦争に変えなければならない」という主張は以前から学界で提起されていた。「倭乱」という表現は「倭人」(日本人)が起こした乱という意味で、「東アジア3カ国が戦った国際戦争の性格を表現できない」という理由からだ。当時世界的に最も規模が大きかった戦争という点を強調して「7年戦争」という用語を一緒に使ってきた学者もいる。それでも教科書にどのように記述するか本格議論されないでいたものを今回の教科書執筆陣が「壬辰戦争」と記述したのだ。一部執筆者は「東アジア大戦という用語が妥当だ」という主張を提起したという。
教学社が作った教科書の執筆代表者のソン・スンチョル江原(カンウォン)大学教授は、「壬辰倭乱や丙子胡乱という用語は被害者の敵対感が込められた用語で、朝鮮王朝実録でそのように記述されたのが固定されていたもの」と話した。また、「壬辰倭乱は韓国の立場が強く込められた用語で、韓国史ではなく東アジア史を編纂しながら自国中心的用語に固執することはできなかった。学術的見地から壬辰戦争と変えて呼ぶからと日本が韓半島を侵略した事実が変わるものではない」と述べた。チョンジェ教育出版本の執筆者代表のアン・ビョンウ韓神(ハンシン)大学教授は、「倭寇が開港場で動乱を起こした事件を意味する三浦(サンポ)倭乱には適切な表現かもしれないが、7年壬辰戦争にも倭乱という用語を使うのは学術的に適切な用語ではない」と説明した。
2つの教科書は「17世紀前後の東アジアの戦争」という単元に8〜10ページずつ割愛しこのような表現を使った。チョンジェ教育の教科書では本文の最初に「壬辰戦争(壬辰倭乱)」と併記し、繰り返される部分では「壬辰戦争」という表記だけを使った。教学社の教科書は本文とは別に「壬辰戦争を指す名前の違い」という項目を別に作り、「壬辰戦争を指す多様な名称に現れた3カ国の歴史認識の違いを考えてみよう」という課題を学生たちに提示した。日本では当時の年号を取って「文禄慶長の役」、中国では「抗倭援朝戦争」と呼ぶ。
しかし、来年から高校の必修科目になる韓国史の教科書では依然として壬辰倭乱と記述され、教育現場で用語の混乱が生じかねないという指摘も出る。ソン教授とアン教授は、「今後、学界議論を経てこうした問題点を整理する必要がある」と話した。また、これまで使ってきた用語を変更することにともなう反論が提起される可能性もある。
韓国史教科書を執筆したハン・チョルホ東国(トングク)大学教授は、「個人的には歴史的実体により近づいた表現と考え、大きな無理はないとみている」としながらも、「ただし民族主義的指向が強い保守団体などがどのような反応を見せるかは予想できない」と話した。
東アジア科目の新設は歴史教育を強化しようという教育科学技術部の方針により2006年に決定されたもので、来年から高校では世界史と東アジア史のうちどちらかを選択して教えなければならない。ある出版社関係者は、「標本調査の結果、東アジア史の科目選択に関する反応が好意的。全国50万人の高校生のうち20万人が東アジア史を習うことになると予想される」と話した。
(1)ttp://japanese.joins.com/article/049/144049.html?servcode=400§code=400
(2)ttp://japanese.joins.com/article/050/144050.html?servcode=400
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