日韓歴史論争

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アメリカ人の目2〜悲劇的な遺産

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/22 22:47 投稿番号: [582 / 6952]
  多数の朝鮮人が,植民地の経済や官僚機構に広範囲に参加していたという証拠を見れば,日本の植民地主義の功罪を論じる上ではプラスの側面が目につきやすくなることは確かだ。専門的な立場から言えば,こうした事実の指摘には,日本統治時代の朝鮮は企業家精神や経営手腕を欠いた低開発状態に放置されていたという,戦後長らく韓国の民族主義者に抱かれてきた神話への反論として意味がある。

  しかしそうは言っても,台湾人,朝鮮人の経済的機会や政府への参加の機会が拡大していたとう言う場合には,細心の注意が必要である。

  こうした新しい可能性を生かせたのも,実はおおむね教育を受けた裕福なエリート層出身で,日本との協力を惜しまなかった人々に限られていた。また,台湾の場合には人口が小さく強力な反日意識もなかったために,経済的社会的機会を利用できた人とできなかった人との間の対立はさほど深刻とはならなかった。

  しかし,朝鮮の場合には,人口が多く,広範で根強い反日感情が存在したため,戦後には特に韓国で,日本に抵抗してきた勢力と協力してきた勢力の間で溝が広がり,鋭い対立が引き起こされてしまった。植民地時代,抵抗に払った犠牲は大きく,戦時中の経済的政治的環境から利益を得ることができた人々と,そうでない人々との溝の深さは越えがたいものだった。

  これこそ,朝鮮における日本植民地主義の最も悲劇的な遺産の一つである。

  朝鮮の経済的社会的変化は,一握りの朝鮮人に成功のチャンスを与えたが,圧倒的多数の朝鮮人は,よりいっそうの抑圧と搾取に苦しめられることとなった。これによって朝鮮社会には深刻な結果がもたらされた。階層間の対立が深まり,栄達を夢見た人々は戦後の韓国で「親日派」としての後ろめたさを引きずることとなってしまった。

  日本にほとんど抵抗もせず,戦争に協力した人々も多数いたという事実は,日本植民地支配に対して全民族的な抵抗を行ってきたとする神話から逸脱するものであり,今でも特に韓国では,こうした歴史の現実を直視しようとする人はほとんどいない。

  戦時中の対日協力の問題は,やむを得ない面もあり,ある程度は理解できることだが,戦後の韓国で公共のものとして広く共有される歴史的記憶(パブリック・メモリー)の枠の外に置かれることとなってしまった。それは,フランスでは数十年前から同様の問題(ビシー政権)の研究が盛んになり,オーストリアでも今日同様の研究が始められているのと対照的だ。

  いつの日かこうした事実が広く知られ,国民共有の記憶にきちんと織り込まれるまで,朝鮮の歴史の空白は完全には埋められない。

マーク・ピーティー『20世紀の日本4   植民地−帝国50年の興亡』(読売新聞社1996)
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