日韓歴史論争

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大韓民国の国父とその役割とは(上)

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/12/02 00:05 投稿番号: [5034 / 6952]
建国60周年学術大会「政府樹立とその指導者たち」

米国を揺さぶった李承晩、反共主義者ではなかった金性洙

金奎植には非常に現実的な一面も

  李承晩(イ・スンマン)、金九(キム・グ)、金奎植(キム・ギュシク)、李始栄(イ・シヨン)、申翼熙(シン・イクヒ)、金性洙(キム・ソンス)、徐載弼(ソ・ジェピル)、趙素繡(チョ・ソアン)、安在鴻(アン・ジェホン)…。これらの人物は、1945年の光復(日本の植民地支配からの解放)から48年の大韓民国政府樹立までの激動期の歴史に登場した代表的な指導者だ。26日午後1時、韓国東洋政治思想史学会(チョン・ユンジェ会長)の主催によりソウル明洞の銀行会館で開かれた建国60周年記念学術大会「大韓民国政府樹立とその指導者たち」は、これらの人物に対する研究成果を基本として「解放政局」の政治史を統合の視点から再検討した。建国前後、彼らは果たしてどのような役割を担ったのか。


◆「現実」の李承晩、「精神」の金九


  初代大統領・李承晩の「韓国単独政府樹立論」は、米国の対韓政策が失敗しソ連による北朝鮮の共産化が加速するという冷戦の構図の中で、少なくとも韓国だけでも自主独立と自由民主主義を確保し得る現実的かつ最善の策だ、という判断の下で推し進められた。米国は結局のところ、李承晩元大統領の路線を受け入れるほかなかったが、これは「李承晩が米国を主導したということ」だ(車相哲〈チャ・サンチョル〉忠南大教授)。李承晩元大統領と正反対の立場にあって単独政府に最後まで参加しなかった金九は、中国を優先視し韓国の問題の自主的解決を叫ぶなど非現実的な側面を持っていたが、その反面、歴史的には完全に蘇った。「韓国の現実の第二人者」とはならず、「南北精神の指導者」になったというわけだ。金九自身は大韓民国に参加しなかったが、金九の思想はやや穏健な形を取って新生国家の建国精神と憲法に受容される、という逆説的なことが起こった(パク・ミョンリム延世大教授)。

兪碩在(ユ・ソクジェ)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/article/20081130000004
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