◆「太極旗」と韓国の民族心理(2)◆
投稿者: yichigonkozi282 投稿日時: 2008/10/03 05:27 投稿番号: [4907 / 6952]
◆「太極旗」と韓国の民族心理(2)◆
私が「哀れ」と皮肉るのは、「太極旗の意味は?」という問に対して、まともな回答ができる人は、大統領を含め、誰一人いないであろうと考えるからである。『中央日報』は、一度、この事をテーマに特集を組んでみたら如何か? わけもわからぬ、「中華」の伝統的図案を借用して、それをありがたがっている、韓国の民族心理を哀れむのである。■さてさて、「太極旗」が作られた経緯を、一応、おさらいしておこう。そもそも朝鮮の国の象徴としての国旗制定の議論が起こったのは、李氏朝鮮王朝末期の高宗在位時の1882年のことである。1882年4月の朝米修好通商条約の締結をひかえ、朝鮮政府は国旗制定の可否について宗主国たる清国に奏問した。清国の北洋大臣・李鴻章は、「朝鮮国王の御旗である『画龍方旗』が宗主国たる清の皇室の御旗の『黄龍旗』と似ていることから、これを国旗としてもよいのではないか」と答えたが、正式には、清国政府は、藩属国たる朝鮮が宗主国たる清国の皇室旗に類似する図案を採用することを許可しなかった。その時、清国の北洋大臣・李鴻章が朝鮮に派遣した清国の官僚・馬建忠は、「中華の伝統文化の中の『易』に基づく、太極・八卦の図案を採用しては如何か?」と提案した。この馬建忠の提言を受けて、朝鮮政府内で本格的な「太極旗」の図案化が始まったが、この時の数種類の図案は、1882年7月に米海軍省(Navy Department)航海局(Bureau of Navigation)が発行した『海上国家の旗』(Flags of Maritime Nations)に掲載されている。( http://www.chosunonline.com/article/20040126000072 )
その後、1982年8月、壬午事変の事後処理に関する日朝交渉に当たるため、朝鮮の外交官の朴泳孝および金玉筠が高宗の勅命を奉じて渡日したが、その時、政府が検討中の図案の中から、二人の外交官は、現在の「太極旗」に近似する図案 http://www.1n0.net/Article/UploadFiles/200807/20080731201710538.jpg
を選んで、初めて外交の場で使用した。翌年、1883年3月6日、朝鮮政府はこの旗を正式に国旗として八道四都に通達した。以上が、「愛国」を標榜する韓国人なら皆が知っているはずの、国旗制定の経緯である。
私が「哀れ」と皮肉るのは、「太極旗の意味は?」という問に対して、まともな回答ができる人は、大統領を含め、誰一人いないであろうと考えるからである。『中央日報』は、一度、この事をテーマに特集を組んでみたら如何か? わけもわからぬ、「中華」の伝統的図案を借用して、それをありがたがっている、韓国の民族心理を哀れむのである。■さてさて、「太極旗」が作られた経緯を、一応、おさらいしておこう。そもそも朝鮮の国の象徴としての国旗制定の議論が起こったのは、李氏朝鮮王朝末期の高宗在位時の1882年のことである。1882年4月の朝米修好通商条約の締結をひかえ、朝鮮政府は国旗制定の可否について宗主国たる清国に奏問した。清国の北洋大臣・李鴻章は、「朝鮮国王の御旗である『画龍方旗』が宗主国たる清の皇室の御旗の『黄龍旗』と似ていることから、これを国旗としてもよいのではないか」と答えたが、正式には、清国政府は、藩属国たる朝鮮が宗主国たる清国の皇室旗に類似する図案を採用することを許可しなかった。その時、清国の北洋大臣・李鴻章が朝鮮に派遣した清国の官僚・馬建忠は、「中華の伝統文化の中の『易』に基づく、太極・八卦の図案を採用しては如何か?」と提案した。この馬建忠の提言を受けて、朝鮮政府内で本格的な「太極旗」の図案化が始まったが、この時の数種類の図案は、1882年7月に米海軍省(Navy Department)航海局(Bureau of Navigation)が発行した『海上国家の旗』(Flags of Maritime Nations)に掲載されている。( http://www.chosunonline.com/article/20040126000072 )
その後、1982年8月、壬午事変の事後処理に関する日朝交渉に当たるため、朝鮮の外交官の朴泳孝および金玉筠が高宗の勅命を奉じて渡日したが、その時、政府が検討中の図案の中から、二人の外交官は、現在の「太極旗」に近似する図案 http://www.1n0.net/Article/UploadFiles/200807/20080731201710538.jpg
を選んで、初めて外交の場で使用した。翌年、1883年3月6日、朝鮮政府はこの旗を正式に国旗として八道四都に通達した。以上が、「愛国」を標榜する韓国人なら皆が知っているはずの、国旗制定の経緯である。
これは メッセージ 4906 (yichigonkozi282 さん)への返信です.
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